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「無断欠勤して、本当にすみませんでした。ご迷惑をおかけしました」
開店前に店を訪れた舞は、椿に深々と頭を下げた。
どんな雷が落ちるかと思って肩を強張らせていると、
「いいのよ。後で百合から聞いたわよ。お母さんが倒れたんですって?大変だったわね」
舞は目を見開いた。
「え?」
椿は怪訝そうに眉を寄せ、
「違うの?一度お店に来たはいいけど、病院から連絡があって駆けつけたって言ってたけど。その帰りに久松さんとばったりはち合わせたんだって?」
「あ……はい。ご連絡もできず、本当に申し訳ありませんでした」
「お母さん、もう具合はいいの?」
「はい、おかげさまで何とか」
必死で話を合わせる。罪悪感に胸が軋んだ。
「親は大事にしなさいよ。親孝行をしたいと思ったときに親はなしって言うんだから」
「はい。ありがとうございます」
ふと、椿がいつにも増して絢爛豪華な盛装をしているのに気づいた。
ホステスやヘルプも、出勤時間より大分早いのに、ほとんどの顔ぶれが揃っている。
休みの人までがいるのはどうしたわけだろう。
「椿さん、今日は何かイベントでもあるんですか?」
椿は目を見開き、驚きと呆れをかわるがわる顔に浮かべて、
「あやめったら何言ってるの?今日は百合の退店パーティーじゃないの」
「えっ」
舞の顔からさっと血の気が引いた。
本気で驚いている様子を見て、椿は不思議そうに続ける。
「今日、開店前にみんなであの子をお祝いしようって、1週間前に連絡を回したじゃないの」
舞は茫然とその場に立ちすくんだ。
「百合さん、辞めてしまうんですか?」
椿は腰に手を当て、かすかな哀しみを込めて笑った。
「まさか、こんな早くになるとは思っていなかったけどね。娘が巣立っていくようで、やっぱり寂しいわね」
それを聞くなり、舞は弾かれたように駆け出していた。




