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核心を突かれ、井上少年は視線をそよがせた。
「それは……あ痛い痛い痛い!」
「とっとと答える。時間がもったいないだろ?」
井上少年はちらりと久松を見る。
瞳に映るのは怯えの色だった。久松にではなく、その『誰か』に向けての。
「あんたは、し、信じないだろうけど」
井上は卑屈な表情で言い訳がましく前置きをし、
「恵だよ。久松恵」
飛び出してきた単語に、久松は意表を突かれて黙りこくった。
気をとりなおし、ぎりぎりと腕を締め上げる。
「嘘は良くないな」
「嘘じゃない!本当なんだ、信じてくれ!」
井上は唾を飛ばして言った。
必死そのものの表情は、とても演技とは思えない。
久松は眉を寄せた。
「誰かに、『見つかったらそう言え』って言われたんじゃないのか?」
「違う」
井上は首を振って即座に否定した。
「そうじゃない。恵に言われたんだ。頼まれたんだ。俺だけじゃない。他にもやっている奴がいる。あんたの、周りの女を、探ってる奴だっているんだ」
恐怖と、ほんの少し軽蔑をこめた瞳が久松を見上げる。
どうして恵が、と目の前の少年に問うて、答えが返ってくるとは思えない。
それに、どんな答えが用意されようとも、納得できるとは思えなかった。
千草への脅迫状、舞への電話、周囲の女への嫌がらせ。
全てが、ひどく歪んだ線でつながれようとしている。
「お前、どうして恵の言いなりになるんだ。断ろうとは思わなかったのか」
代わりに久松は、予定調和めいた質問を投げかける。
「思わないさ」
井上は情熱に溢れた瞳で――多くの女が久松を見つめてきた瞳で――うわ言のように言った。
「俺は恵を愛してる。恵のためなら、何だってやると決めたんだから」




