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あの日舞は鉛のように重い体を引きずって四菱地所のグループディスカッションに臨んだが、結局四井のときほど満足な意見も言えないままだった。
選考結果はまだ届いていないが、十中八九落ちただろうと思っている。
父に託された夢を叶えるためには、どうしても四井か四菱に入社する必要があった。
その大切な可能性の一つを、この男はいとも簡単に奪い去ったのだ。
どうして憎まずにいられようか。
「私、帰ります」
悔しさを滲ませた涙声で、舞は低く言った。
「その格好で?」
久松は笑い含みに言い、舞のあられもない姿を指さした。
怒りに我を忘れていた舞も、指摘に気づいてさらに赤面する。
「返してください、服」
消え入るような声に、久松は首を振った。
「駄目。その状態で帰ってもまたぶっ倒れるだけ。腹に何か入れて、もう少し寝て、体温が戻るまではここにいてもらうよ」
「嫌です。私は今すぐ帰りたいんです。返してください!」
舞は立ち上がって腕を突き出した。
「そんなに倒れたいわけ?」
呆れたような声に思わずかっとなって、
「久松さんには関係ないじゃないですか!」
言ってからしまったと思ったが、後の祭りだった。
こうなったら、と舞はやぶれかぶれの気分で言う。
「助けてくれたことには感謝します。だけど、あなたのことを許したわけじゃありませんから。私のことはもう放っておいてください」
うつむいたまま、いつ攻撃が来るかと身構える。
だが、しばらく経っても反応がなく、舞はおそるおそる彼を窺った。
久松は哀しい表情でこちらを見つめている。
舞はうろたえた。
「あの……久松さん?」
罪悪感がずきりと胸を刺した。
この人はさんざん、自分のことを弄び傷つけてきたではないか。
少しくらいやり返したって罰は当たらないはずだ。
それなのに、この胸の疼きはどういうことだろう。




