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久松が腕を伸ばしてきたので、舞は全身を強張らせた。
予想に反して、手のひらは舞の額にそっと添えられただけだった。
穏やかな温もりに、覚えがあった。
「熱はないみたいだね」
「あの、」
「何?」
至近距離で久松の瞳がこちらを見つめてくる。
「本当に久松さんが助けてくれたんですか」
「まだ疑ってるんだ」
久松はおかしげに目を細める。
「まあ、信じようが信じまいが別にどうでもいいけどね。面白いもの見せてもらったし」
「面白いもの?」
久松はくっくっと喉の奥で笑い、
「『大好きです、あなたに会えて良かった』だっけ? 熱い告白どうもありがとう」
舞は絶句した。
あの優しい手は百合ではなく、この男だったのか。
青ざめた舞をよそに、久松はモスグリーンのカーテンを開け放つ。
まぶしく白い陽光が差し込んできて、舞は目を瞬かせた。
朝。時計がないから正確な時間は分からないが、ともかく完全に夜は明けている。
「店に電話、」
慌てて起き上がろうとすると眩暈がした。
部屋の中は暖房が効いていて暑すぎるくらいなのだが、まだ少し寒気が残っている。
「椿さんになら言っておいたよ。無断欠勤のホステスを見つけたから、厳しく説教しておいたってね」
安堵の息をつく舞を見つめ、久松は呆れたように肩をすくめる。
「そんなに嬉しい?百合さんの悪事がもみ消されて」
「悪事だなんて。百合さんが怒るのは当然です。私が悪いんですから」
「舞ちゃんは馬鹿だねえ。せっかくナンバーワンを蹴落とせるチャンスだっていうのに」
子供を相手にするような声だった。舞は顔をしかめる。
「どうして私を助けたんですか」
「どうして?困っている人がいたら、助けるのは当然のことだろ?」
久松がさも意外そうに目を丸くする。白々しい響きに、舞はますます疑いを強めた。
毎回毎回、この人が何を企んでいるのかさっぱり分からない。
どんなに抵抗してみたところで、彼にとって自分は遊びがいのある玩具でしかなのだろう。
しかし、たとえ無駄だと分かっていても、立ち向かうことだけが舞に残された最後の意地だった。
敵意の眼差しで睨みつけられ、久松はかすかに口元をほころばせる。
「どうしたの、そんなに怖い顔して。こないだのこと、まだ怒ってるの?」
舞の顔がかっと赤らんだ。




