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目が覚めたとき、奇妙な浮遊感があった。
ほの明るく白い天井が、ぐるぐると回転している。地球が猛烈に自転のスピードを速めたかのようだ。
起き上がろうとして、身体のどこにも力が入らず、無様にベッドの上に倒れ伏す。
軟体動物になったような気分だった。
清潔なベッドのシーツに顔を埋め、舞は青ざめた。
――ここは自分の家ではない。
舞の住まいは六畳二間の小さなアパートで、ベッドどころか、ろくな家具も置くことができないはずだった。
こんなにも広く、雑誌に載っていそうなぐらいお洒落な部屋であるはずがない。
丹念に記憶を手繰るが、店で冷凍倉庫に閉じ込められたところまでしか思い出せない。
こめかみが痛んで額に手を当てたとき、静かな衣ずれの音がした。
自分の服のものとは思えない、上等な肌ざわりに違和感を覚える。
羽毛布団をめくって見ると、白い大きなワイシャツ1枚しか着ていない。
だぶだぶの袖は着物のようにたれ下がっているし、太もものあたりまではかろうじて隠れているが、キャミソールどころか下着さえつけていなかった。
舞は恐慌状態で辺りを見回した。知らず息が上がる。
扉が開いて入って来た人影に飛び上がった。
「きゃあああああっ!!」
反射的に布団を胸のあたりまで引き上げる。
「なんだ、意外と元気だね」
入ってきたのはあろうことか顔も見たくない、声も聞きたくない人物だった。
「来ないでっ!!」
金切り声で叫んで、サイドテーブルにあったスタンドライトを持ち上げた。
久松は笑いながら、
「心外だな。死にかけてるのをせっかく助けてやったのに」
一瞬息を呑んだ舞だが、険しい表情で彼を睨みつける。
「というか、そこ俺のベッドなんだけど。昨日の晩からずっと占領しておいて、お礼もお詫びもなし?」
軽い調子で吐かれた言葉に、舞は戦慄した。
「じゃあここは、あなたの」
「そ。俺のマンション。自分の立場、少しは分かってきた?」
久松は舞のほうへ距離を詰めてくる。悔しさに泣きたくなった。
どうしてこうなったんだろう。何て運が悪いんだろう。よりによって、こんな人に助けられるなんて。




