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「大嫌いだった……か」
百合は人さし指で目の縁を拭いながら口走る。
「そうよ。あんな子、どうなったって知ったこっちゃないわ。凍え死のうが、野垂れ死のうが」
「それは困るな」
久松が柔和に笑いながら口をはさんだ。
百合が赤い目で久松を睨む。
「なあに。やっぱりあの子の肩を持つの?」
いや?と久松は鷹揚に首を振る。
「本当に憎んでるのなら、簡単に殺しちゃったらつまらないだろ」
瞳に浮かぶ光の残酷さに、百合は絶句する。
久松はグラスをもてあそびながら、
「殺せばきっと、一時はすっきりするんだろうけど、あとで後悔すると思うよ。ああ、もっと苦しめておけばよかったなって」
冗談なのか本気なのか全く読めない口調に、百合はごくりと唾を飲んだ。
久松はにっこりと笑う。
「君はもう彼女のこと、ほとんど許してるんだよ。そうじゃなきゃ、俺に打ち明けたりしないだろ」
膝頭に手を置いたまま百合は押し黙る。
久松は揺るぎない口調で、
「提案があるんだけどさ。あの子を懲らしめるのは俺に任せてくれないかな」
百合は我に返って、
「何をおっしゃるの。あなた、あやめのお客様でしょう?あやめのことを気に入って、あんなに足を運んでくださったんじゃないの」
久松は軽く目を見開いたかと思うと、驚きと憐れみの入り混じった笑い声を立てた。
「まあ、そうだと言えばそうかな」
鋭い瞳が底知れぬ暗さを帯びる。
「だけど、俺は君よりずっとひどい人間だから」
百合は目の前の男に、今までどんな男にも感じたことのない、得体の知れない恐怖を感じた。




