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「さっきの人、上司?」
「上司というか、先輩かな」
「ふうん。綺麗な人だね」
「そうかな。職場の人だから特に意識したことないけど」
「あの人、お兄ちゃんの彼女なの?」
「違うよ」
「じゃあ、誰が彼女?」
食い入るように見上げた恵の頭を、久松は軽くはたく。
「彼女なんかいないって。何言ってるんだよ」
恵はふくれっ面で、
「お兄ちゃん、最近また帰ってくるのが遅くなったよね。前は、少し早く帰ってきてくれるときもあったのに」
「三月は決算期だったり、新卒採用の仕事があって忙しいんだよ」
お前にはまだ分からないかな、と言って久松は穏和に笑う。
「本当にそれだけ?」
身を乗り出す妹に、今日はやけにしつこく食い下がってくるなと久松は苦笑する。
例の一件で周りの女との関係が切れたり清算されて、少しは身軽になったのだが、余った時間はもっぱら舞を構うことに費やされているのだった。
「本当にそれだけだよ」
言い聞かせると、恵はようやく機嫌を直したのか、歌うように言った。
「ねえ、今日晩御飯何作ろうか?お兄ちゃんの好きなもの、何でも作ってあげる」
「そうだな。じゃあ、お前の得意なロールキャベツでも作ってもらおうかな」
「じゃあスーパーに寄って帰らなきゃ。お兄ちゃんの冷蔵庫、お酒しか入ってないんだもん」
恵は楽しそうに夕飯の段取りを口ずさみ、足取りを弾ませる。
「ほら、お兄ちゃん。早くしないと置いてっちゃうからね」
久松は手のかかる妹を追うために、軽く歩調を早めた。




