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「ま、いいわ。今のところは。でも、人事部の名前を騙って学生に接触する人間がいるのは問題ね。何らかの対策を講じないと」
「ああ、それなら俺がその学生と連絡取って、詳しいことをヒアリングして上に報告します。千草先輩のお手はわずらわせませんので、ご心配なく」
「ふうん?随分気を回してくれるじゃない。かわいんだ、その子」
「やめてくださいよ。就活生はナイーブだから、それなりに扱わないと後でうるさいんですよ。近ごろはネットの掲示板ですぐに情報が飛びかうみたいですし」
「本選考も始まったっていうのに、そんなことしてる余裕があるのかしら。変な子を上にあげたら、あなたの責任だからね」
「承知してます」
と、久松は恭しく頭を下げる。
二人が受付を通って正面の自動ドアをくぐったとき、突き刺すような視線を感じた。
久松はもちろん、千草も反射的にそちらを見やる。
壮絶な、悪意にも似たエネルギーに千草は身構えた。
だが、予想と反して飛んできたのは、鈴を転がすように甘い声だった。
「お兄ちゃん」
両手を体の後ろで組み、セーラー服に学生鞄を持った、絵に描いたような美少女が二人の目の前に飛び出してくる。
「恵。お前、何でここに」
「なかなか帰ってこないから、迎えに来ちゃった」
舌を出す仕草は愛らしく、そのままアイドルと言っても通用しそうなくらい魅力的だ。
久松は困ったように言った。
「仕方ないな。千草さん、すみません。呑みは別の機会に改めて」
千草は「いいわよ」と軽く手を振って、
「かわいわね。妹さん?」
恵がぺこりと頭を下げる。
「久松恵です。兄がいつもお世話になってます」
「こちらこそ。人事部の千草です。しっかりしているのね。高校生?」
「はい。高校二年生です」
吸い込まれそうな黒い瞳と、人当たりのよい笑顔が、兄妹でよく似ていた。
久松は申し訳なさそうに手を上げて、
「すみません、この埋め合わせは後日必ず。行くぞ、恵」
「はあい。千草さん、さようなら」
恵は千草のほうを振り向いてにっこりと笑うと、軽やかに後を追った。
仲のよい兄妹らしく、ぴったりと久松に寄り添うようにして歩いていく。
千草は去りゆく二人の姿を微笑ましく見送った。




