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その日の夜、舞は『玉響』で落ちつかなげに視線をさまよわせていた。
百合がいない。
今日は半月に一度の新調日、ホステス全員が衣装を新しくすることを義務づけられている日である。
一着何十万もするようなブランド物のドレスを新人ホステスが買えるはずがなく、舞は修一の親切な申し出を受けることで何とかしのぐことができた。
百合の衣装は洋装でも和装でも薫り立つように美しく、自分の魅力を最大限に発揮する方法を心得ていた。
その彼女が、今日はいつまで経っても店に現れない。
椿に尋ねてみると、「ああ。あの子は今日同伴だから」あっさりと返ってきた。
不意にドアが開き、氷の粒子の混じった冷たい風が吹き込んで、舞の純白のドレスの裾を揺らす。
ふとそちらに目をやると、
「いらっしゃいませ」
にっこりと笑う椿をはじめ、ホステスやヘルプが次々と頭を下げる。
舞だけは立ちすくみ、言葉を失っていた。
そこにいたのは、久松の腕に自らの腕をからめて楽しげに笑う百合の姿だった。
信じられないものを目の当たりにした者がよくそうするように、舞は反射的に一度視線を逸らし、それから彼らを二度見した。
百合は目の覚めるような鮮やかな碧色のドレスをまとい、優雅に微笑している。
誰もが目を奪われる美しさだった。
そして、隣に並ぶ久松の表情を見て、舞は頭を殴られたような衝撃を受けた。
彼の態度はいつも舞に向けるような残虐非道なものではなく、実に丁重だった。
一枚の絵のような二人の姿に、店中から羨望の眼差しが熱く注がれている。
「今、お席に案内しますね」
誇らしげに笑うと、百合は久松の手を取り歩き出す。
棒切れのように立ちすくんだ舞の前を二人が通りすぎる。
久松は舞のほうを見もしなかった。百合はほんのわずかに舞の目を見て笑った。
その笑みは、今まで百合が向けてくれたどんな笑顔とも違っていた。
敵意と憎悪の込められた、どす黒い笑み。
背筋が凍りついた。
「よろしかったの?あれで」
バーボンにレモンを絞り手際よくかき混ぜながら、笑い含みの声で百合は言った。
「何が?」
「ご存知のくせに。あやめの気を惹くためにこの私を利用するなんて、いい度胸ですこと」
「心外だな。俺のプレゼントがそんなふうに受け取られていたなんて」
「相変わらず嘘がお上手ね。このドレスに免じて、許してさしあげるわ」
「許すも許さないも、お互いさまだろ?君だって鬱憤を晴らすために俺を利用したくせに」
「まあ。何の話かしら」
二人は顔を見合わせて意地悪く笑う。
「でもまあ、あの子は自分で客を断って平然としてる女だから、嫌がらせにはならないけどね。どちらかというと、君を俺に取られたと思って焦ってるんじゃないかな」
どうかしら、と百合は呟く。
「私、こけにされるのが嫌いなの。身の程が分からない子は、思い知らせてやるまでのことよ」
「利害が一致したね」
久松は百合のグラスに自分のそれを重ねる。
澄んだ透明な音が響いた。




