04
午後十時。
店が客でにぎわい、華やかなざわめきに包まれる時間になってきたころ、舞のもとに百合が現れた。
「あやめ。悪いけど、私の席にヘルプでついてくれないかしら」
「はい、百合さん」
「ごめんなさいね、人手が足りなくて。常連のお客様なんだけど、今日は新規のお客様と二人でお越しになるそうだから」
磨き抜かれた大理石の床を歩く百合の、水鳥のように優雅なうなじを見つめ、舞はおずおずと言った。
「私でいいんでしょうか」
数々の大失敗を重ねている舞だ、それが今夜繰り返されないとも限らない。
不安に震える肩を、百合のしなやかな手が優しく撫でた。
「何言ってるの。あなただから頼むのよ。私、あなたに期待しているんだもの」
目頭が熱くなってうつむいた。
「あやめが一生懸命頑張ってるのは、私が一番よく分かってる。自信を持って、堂々としてなさい」
「……ありがとうございます」
舞は腰を折って深く頭を下げた。
「失礼いたします」
百合の玲瓏な声に続き、舞は「失礼します」とお辞儀をして顔を上げ、
――凍りついた。
頭が真っ白になり、一秒遅れて、絶望で視界が真っ暗になる。
血の気の引いた顔で棒立ちになっている舞を見やり、百合が怪訝な様子で、
「あやめ、座りなさい。お客様に失礼でしょう」
ようやく我に返り、舞は消え入るような声で「すみません」と席につく。
「君は初めて見る顔だね。新人さん?」
四十代くらいだろうか、恰幅の良い男性が優しく言った。
「はい。あやめと申します」
穴があったら、そこを墓穴にして死にたいくらいの気分だった。
話している間も、隣の男性からの視線が突き刺さってくる。
「杉崎さん、そちらの方は?」
杉崎と呼ばれた男性は頷くと、
「わたしの部下だよ。まだ若いが、なかなか優秀でね。実力を買って、わたしがうちの部署に引き抜いたんだ」
「久松爽です」
久松は――そう、つい数時間前あの会場で別れたばかりの彼だ――完璧な笑顔で言った。