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ヒールを打ち鳴らす音がして、
「久松君。なに油売ってるのよ」
ハーフのような、彫りの深い目鼻立ちをした迫力ある美人が走ってきた。
久松の隣に並ぶと、見ばえのするお似合いの二人に見えた。
「千草さん」
葵が切れ長の目を極限まで見開いて、うめき声をあげた。
久松が冷酷な眼差しで薄く笑う。
千草は久松を見、それから舞と葵を見てしばし絶句した。
舞は舞で、「千草」という言葉に彼女を凝視した。
千草は舞に気づかないのか、茫然と葵の視線を受け止めている。
つやめく紅い唇が、力なく動いた。
「どういうことなの。久松君」
眉は険しく寄せられており、怒りを隠し切れていない。
「やだなあ。そんなに怖い顔しないでくださいよ。さっき偶然会ったんで、挨拶しただけですよ」
なあ?と尋ねられるが、葵は返事もできず固まっている。
尋常ならざる事態に、背中に冷や汗がにじんだ。
今すぐ席を立って、この場を逃げ去りたい衝動に駆られる。
「……そう。久しぶりね、葵君」
平静なそぶりで千草は言った。
葵はそれでようやく我に返ったのか、痛切な表情で、
「……お久しぶりです」
「悪いけど、次の仕事があるから私たち行くわね。それじゃあ」
千草は「行くわよ」と久松に声をかけると、凛々しく早足で歩き去った。
取り残された葵は、いまだに衝撃に打ちのめされているのか、魂が抜けたような顔をしている。
目の前にいる舞の姿が見えていないようだ。
遠い瞳のまま、ポケットから取り出した煙草に火をつける。
ライターを持つ左手が、いつまでも小刻みに震えていた。




