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翌日、身を切るように冷たい風が吹きすさぶ中、舞は四菱地所の本社近くのホテルを訪れていた。
指定されたロビーの前で指を握りしめる、手に心臓が乗り移ったかのように震えている。
何度も何度も腕時計に目を落としては時間を確認した。
OB訪問としてアポイントを取った際も、電話口に本人が出ることはなかった。
あの人が四菱地所の人間だったのか、確認できる機会は今しかない。
こんなに積極的な行動に出たのは生まれて初めてだ。舞は自分の勇気に驚いていた。
するすると自動ドアの開く機械音が響く。
入ってきた青年は、清冽な容姿をしていた。
篠宮葵は舞に気づいたのか、わずかに唇を開いたままこちらを見つめている。
「先日は、本当にありがとうございました」
「OB訪問って、お前だったのか」
やはり夢でも幻でもない。
あのとき自分を助けてタクシーに乗せてくれた彼と同一人物だった。
「四井に来てみたり、うちに来てみたり、節操がないな」
相変わらずの四井嫌いらしく、眉をひそめて呟く。
舞はたじろがなかった。
「先に四井に出会ったからといって、四井を選ぶとは限りませんよ」
葵は整った顔に驚きを浮かべると、かすかに笑う。
「そうか。なら、せいぜいお手並み拝見といこうか」
差し出された大きな手を握りしめ、舞は誇らかに笑った。




