アフターストーリー・71
「あいつさ……昔、結婚しようとしてた人がいたんだって」
久松は珍しく歯切れが悪い様子で言った。
「……結婚式の一ヶ月前に、交通事故で亡くなったらしい」
舞は、ざあっと全身の血の気が引くのが分かった。悲しい震えが全身を駆けめぐる。
「そう……だったんですか」
「俺も顔は知らなかったんだけど、名前だけは教えてもらった。その人は、三上優菜っていったらしい」
それを聞いたとき、ずっと抱いてきた疑問が、音を立てて解けた。
――ユウナ。
舞ははっとして、両手を握りしめる。
あのとき彼は、どんな気持ちで彼女の名前を口にしたのだろう。
「君の写真を見せたとき、あいつは何も言わなかったけど……もしかしたら、何か思うところがあったのかもしれないな」
自分がまだほんの子供で、ずっと昔のことだからと一詩は笑った。
舞のことを話したら、彼女を迎えに行く役を自ら言い出し、快く引き受けてくれた。
だけど――そのときの舞の姿が、存在が、彼の心の水面にどんな波紋を描いたのか、汲み取ることはできなかった。
「それでもあいつは、君を見つけ出すと、すぐに俺に連絡して引き合わせてくれた。そういう奴なんだ。だから、舞は気にしなくていいよ。借りは俺がきっちり返すし、あいつにはきっと……伝わってるだろうから」
友人のために一肌脱いだ一詩の男っぷりに、舞は目頭が熱くなるのが分かった。
「それじゃあ、せめて『ありがとうございます』って伝えてください」
久松は名残を惜しむようにして、体温さえも逃すまいと舞を抱きしめる。
「分かったよ」
離れて歩き出しても、舞は彼の腕の中にいるような気持ちだった。
それはきっと、久松が最後に口にした言葉が胸を温めているからだろう。
「来週、日本に一時帰国する。そのときに――ご両親に挨拶に行くよ」
実はもう、お義父さんには言ってあるんだけどね、と茶目っ気たっぷりに付け加える。
久松の言葉の意味は分からなかったけれど、舞はそのたった一言で、天国にも昇れそうなほどに幸せだった。




