アフターストーリー・66
彼が去ったあとの静寂といったら――舞はこのまま窒息するのではないかと思った。
聞きたいことは山ほどあるのに、何一つ言葉にならない。
「あの……久松さん」
そのとき久松は、信じられない言葉を口にした。
「ごめん」
舞は自分の耳を疑った。
それから、目の前の彼が久松を装った偽者なのではないかと疑った。
それほどまでに信じがたい単語だった。
彼は二、三歩こちらへ近づいてきたが、その影は力なく揺らめいていた。
え、と舞が違和感を覚えたとき――久松の身体がぐらりと傾いた。
「わっ!」
舞は慌てて久松に駆け寄り、倒れかかってくる彼を受け止める。長身の彼を支えるのは骨が折れた。
ますますおかしい久松の態度に、舞は眉を寄せた。
そして気づく。久松の体が今にもすさまじい熱を放っていることに。
何とか腕を回して額に手を当てると、じっとりと汗ばんで燃えるように熱かった。
「久松さん、もしかして」
ぐったりしながらも、久松は舞の肩に手を回してくる。子犬が母犬になつくような仕草だった。
熱い塊を押し当てられているようで、舞まで体温が上がってくる。
「すごい熱じゃないですか!病院行かないと……うわわ」
そのまま地面に倒れそうになるのを、何とか両手で押しとどめる。
吐く息さえも熱っぽく、瞳は潤んでいる。
どうして今まで気づかなかったのだろう。久松は立っていられないほど消耗しているのだ。
そういえば――舞は今朝のことを思い出す。
あのときも、久松の体は妙に熱かった。
もしかしたら、その前からずっと発熱していたのかもしれない。
道に出てタクシーを拾いながら、舞はやや声を荒げた。
「何でこんな体で来たんですか。体調が悪いなら悪いって、ちゃんと言ってくれたら」
久松は軽く笑いながら舞の体に寄りかかり、鎖骨のあたりに頭を乗せる。
どさくさにまぎれて腰に手を回してくるあたりが彼らしい。
その手を振り払いながら、舞は「もう!」とぷりぷり肩を怒らせた。
全くもってこの人は――ずるい。
どうしてこうやって、いとも簡単にこちらのペースを狂わせるのだろう。
自分はどんなに頑張っても、この人の眉一つ動かすことさえできないのに。
いい気味だ、罰が当たったと思いたいのに、目の前の弱った久松を見ていると、とてもそんな気分にはなれない。
むしろ激しく母性本能をうずかせるのだからたちが悪い。
そう思っているのは、もう相手の術中にはまった証拠だろうか。




