アフターストーリー・65
火に油を注いでいると分かってはいたが、舞は止められなかった。
「本当に久松さんのことが嫌いなら、蹴落としてやりたいと思うのなら、こんなやり方せずに正々堂々戦えばいいんです。そうすれば、あの人は本気で相手になってくれます。上に行くのはあの人の能力が正当に評価されたからなのか、あなたの言うように卑怯だったからなのか、自分の目で確かめてみればいいんです」
言い切ったら胸がすうすうした。
一詩は手を大きく振りかぶり、舞は殴られることを覚悟して身を固くする。
だが、代わりに聞こえてきたのは――拍手だった。
「……え?」
温かい音に驚いて一詩を見ると、彼は先ほどまで見せていた残酷な表情から一変、陽だまりのような笑顔に戻っている。
そして暗がりに向かって呼びかけた。
「だってよ。愛されてるじゃん。よかったな、久松」
その言葉に、舞は度肝を抜かれて立ちすくんだ。
そこから現れた久松の姿を見て、引っくり返りそうになる。
「な、な、なっ……!」
一詩はご満悦らしく、にこにこ笑っている。
久松は珍しく、ばつが悪そうな表情だった。
舞はわけが分からず、一詩を見上げ、
「どういうことですか?」
「どういうこともこういうことも。後は若いお二人で好きにやってくれよ。俺は帰らせてもらうわ。それじゃあ」
一詩は肩をすくめ、軽やかな足どりで舞から離れると、吸い込まれるようにしてマンションの中に消えていった。




