アフターストーリー・64
アパートのについたのだと知り、全身の血が引いた。
「『運転手さん、待って。私、』」
だがそれを遮って、一詩は十ドル札を運転手に握らせると、
「『ご苦労さん。残りはチップだ、取っといてくれ』」
舞の手を引っ張って強引に車内から出す。
抗おうにも、勝負にならないほどの力差があった。
走り去る車を見たとき、舞は心の底から後悔していた。
怒ってそっぽを向いたりせず、最初からちゃんと久松と話をしておけば――
無理やり連れていかれながらも、舞は最後の抵抗を試みた。
「待ってください。私、やっぱり帰ります」
「ここまで来て逃げんの?」
一詩の目に怒りの色が映る。
両肩をつかんで道路脇の塀に押しつけられ、舞は震えあがった。
喉が強張って動かず、泣き出しそうになっている舞を、一詩は冷徹な瞳で見おろす。
「あいつもさ、勝手な奴だよな。勝手なくせして、どんどん上へ上がっていく。卑怯だ。今回の件だって、チーフを任されるのはあいつじゃない、俺のはずだったのに」
暗い瞳と声に、舞は耳をふさぎたくなった。
あの、底抜けに明るい一詩はどこへ行ってしまったのだ?
「あいつは、ずっと俺の手柄を奪ってきた。いつだって俺をかばうふりをして、自分だけおいしいところを持っていくんだ。今まで何度利用され、踏み台にされてきたか分からない。そのせいで俺は、いつもチャンスを潰されてきたんだ」
舞は恐怖し混乱しながらも、心の片隅でこの人の言うことはおかしいと感じていた。
社会に出て、働くようになったからこそ分かる。
自分の努力と、周囲の協力があって初めて、仕事は成功するのだ。
そして有能な人ほど多忙で、誰かを蹴落としたり、潰すようなことをしている暇はない。
本当に一詩に能力があるのなら、久松が邪魔をしたくらいで全てを奪われるはずがない。
「あいつのせいだ。あいつのせいで、俺は、」
「それは違います」
気がついたら、自分のものとは思われないほど勇敢な声がそう言っていた。
まるで誰かが乗りうつり、自分の口を借りて語っているようだった。
「確かにあの人は最低な人です。それは認めます。意地悪で冷血で人のことを利用するし、汚いやり方をすることもあるかもしれません。
だけど、うまくいかないことを全部、久松さんのせいにするのはやめてください」
一詩が目を瞠っている。




