アフターストーリー・63
適当なレストランで夕食をすませると、一詩は舞とタクシーに乗り込んで行き先を告げた。
それを聞いて舞は目を見開く。
「あの、狭山さん」
「ん?」
「今のって……たしか狭山さんのアパートの住所じゃ」
「よく分かったな」
一詩は屈託なく笑った。
裏のなさそうな笑顔に、舞は当惑した。
失礼にならないよう、おずおずと尋ねる。
「もしかして、泊まる場所って」
「うん。俺のアパート。ごめん、俺がホテル代出してあげればいいんだろうけど、ちょっと今月厳しくて。他に思いつかなくってさ」
後ろめたさなど一切ない微笑みを向けられ、舞は口ごもる。
一詩の人柄のよさは疑うべくもない。
単なる友達の彼女にここまで親切にしてくれたのだ、人格者であることは間違いない。
けれども、それとこれとは話が別だ。
いくら何でも、久松と別れたその日に、別の男の家に泊まりに行くのは度を越している。
たとえ相手が誰であっても、許されないことだと思えた。
ましてや一詩は素晴らしい人なのだ。
社員用アパートで誰の目があるか分からないし、自分のせいで変な噂が立つのも申し訳ない。
舞が口を開こうとすると、
「あのさ、俺、あんたに嘘ついていたことがあるんだ」
一詩は抑揚のない声で言った。
首を傾げた舞の指に、自分の指を絡めてくる。
心が、ざわざわと音を立てて波立った。
「……狭山さん?」
舞が怯えたように尋ねると、一詩は不吉な笑みを浮かべて言った。
「本当は、あいつに感謝なんかしちゃいない。友達だなんて一度も思ったことがないんだ」
その瞬間、指先に力が加えられ、ぎゅっと握り締められる。
舞は本能的な恐怖を感じて後ずさったが、狭いタクシーの車内ではすぐに追い詰められた。
「どういう……意味ですか?」
心臓がゴム鞠のように跳ねている。どくどくと血液がこめかみの辺りで脈打つのが分かった。
一詩はうっすらと笑みを浮かべ、
「俺はあいつに全てを奪われた。地位も名誉も手柄も、全部。だから今度は、俺があいつから奪ってやる――そういう意味だよ」
先ほどとは別人のような冷酷な表情に、疑念がゆっくりと、確信に変わる。
声をあげようとしたとき、タクシーが滑り込むようにして停まった。




