アフターストーリー・62
一詩が連れてきてくれたのは、マンハッタンの街並を一望できる場所だった。
エンパイアステートビルからのパノラマに、燃えるような夕陽が空を染めて落ちてゆくさまは、まさに圧巻と呼ぶべき光景だった。
音を立てるようにして沈む劇的な太陽、どこまでも広がる壮大な夕景――世界が変わる瞬間を目にしているようだった。
きっとこんなふうに、まだまだ知らない場所が、見たこともない景色が世界にはたくさん眠っている。
その全てを一つひとつを手にとって見比べ、さわって確かめることはできない。
それがとてももったいなく、切なく、哀しく思えるほどに、目の前に広がる風景は素晴らしいものだった。
「すごい……」
言葉も忘れて見入っている舞を見て、一詩は会心の笑みを浮かべる。
「な?これを見せたかったんだよ。ニューヨークに来たなら、これは絶対に見なきゃだめだと思うんだよな」
見納めるようにしてその景色を瞼に刻みつけながら、舞はどうして隣に彼がいないのだろうと思った。
そして、思わず自嘲する。
自分は彼に何を求めているというのだろう。
あんなにかかってきていた電話も途絶え、彼はもう舞のことなど忘れて、別の女との予定に頭を忙しくしているに違いない。
あんなに好きだと言っていても、離れた時間は感情を鈍らせ、想いを風化させる。
分かっていたはずなのに――手ひどく傷ついている自分が嫌だった。
「……どうした?」
子供をあやすように、とても優しい声で聞かれ、舞はうろたえた。
泣くつもりはなかった――少しも。
なのに、どうしてだろう。勝手に涙が溢れて止まらない。
また泣き虫だと言ってからかわれる。そう思ったら、むしょうに久松の声が聞きたかった。
怒られても罵られてもいいから、彼に会いたい。
あの意地悪な笑顔で、名前を呼んでほしい。
こんなに激しい衝動は初めてだった。
自分でも馬鹿みたいだと思って、舞は涙を拭いながら笑い声をあげた。
「ごめんなさい。あんまり綺麗だったから、びっくりしちゃって」
その無理な言い訳が嘘だということに、一詩も当然気づいているのだろう。
だが彼は何も言わなかった。
ただ、複雑な瞳で舞を見つめているだけだった。




