アフターストーリー・60
あのとき、この人がここまで言うのだから、本当だろうと思った。
嘘つきで悪人だけれど、最後の最後で人を騙すようなことはしないと思った。
自分は彼を信じられると。
けれどそれは、時間と距離に隔てられれば、砂上の楼閣のように脆く崩れ去ってしまう幻影だったのだ。
刹那に消える幻を、自分は見たのだ。それを永遠と見誤ったのだ。
「違う。私、もっと久松さんのことを知りたかった……。だけど今は、あの人のことを知るのが怖い。怖いんです」
舞は首を振って、両手の中に顔をうずめる。
「……知ることができるだけ、幸せだよ」
一詩は遠くを見つめる眼差しで、静かにそう言った。
あまりにも張りつめた表情に、彼を取り巻く空気さえも凍りついたようだった。
背筋にひやりとするものを感じて、舞は目を見開く。
「ごめんなさい、私」
何か気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。
「え?あ、いや、こっちこそごめん。わけの分からないこと言って」
一詩はすぐにいつもの、からりと晴れた空のような笑顔に戻る。
舞は安堵して、ゆるゆると息をついた。
「さて、じゃあ食事もすんだことだし、行きますか」
伝票をつかんで立ち上がる彼の背を追って、舞は問いかけた。
「行くって、どこへ?」
一詩は振り向いて、やんちゃ坊主のように笑う。
「どうせ今日一日は、こっちにいるしかないんだろう?だったら、いろいろ見て回ったほうが得じゃん」
案内してやるよ、と手を引かれ、舞は転びそうになりながら、
「い、いいですそんなの!これ以上、狭山さんにご迷惑をおかけするわけには、」
「迷惑なんかじゃないって」
太陽のようにまぶしい微笑みで、一詩は舞の遠慮をぶった切った。
罪悪感と胸騒ぎがおさまらない。
『昨日もあれだけよくしてもらっておいて、何のお礼もしていないのに』という申し訳なさと――ほんのわずか、小さじ一杯ほどの、『久松への裏切りになるのではないか』という怯え。
見抜いたかのように、一詩が透徹な眼差しで言った。
「それとも――やっぱりあいつのところに戻る?」
その一言が決め手だった。
「……行きます」
舞は首を振って、きっぱりと答える。
悪いのは久松だ。自分はもう、あの人とは関係ない。
決意したように前を向いて歩き出す舞を、一詩はどこか懐かしむように見つめていた。
【第二章・終】




