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その日、舞は例によって仕事を終え、くたくたになって帰宅した。
「お姉ちゃんおかえりなさい」
リスのようにくりっとした目をこすりながら、8歳くらいの少年が玄関まで走ってきた。
「踊。こんな時間まで起きていたの?だめでしょう、ちゃんと寝てないと」
「だって僕眠れなかったんだもん。ねえお姉ちゃん、ご本読んで」
六畳一間の小さなアパートに、舞と母と弟は身を寄せ合ってひっそりと暮らしている。
ささやかな生活を守るため、母も慣れないパートで深夜まで働きに出ていた。
弟の踊は学校から帰宅しても、しんと静まった家にたった1人で、文句も言わず留守番をしてくれている。
甘えて膝にまとわりついてくるかわいい弟の頭を撫でて、舞は頷いた。
「いいわよ。今日は何のお話がいい?『不思議の国のアリス』がいいかしら、それとも、『ごんぎつね』?」
「僕ね、『白雪姫』がいい」
意外な選択に、舞はきょとんと目を丸くした。
「いいけど……どうして?『ももたろう』とか『さるかに合戦』でもいいのよ」
「だってね、お姉ちゃんみたいだから!」
踊は目を輝かせて言った。
「優しくてね、綺麗でね、最後は王子様と幸せになるんだよ。もちろん、王子様は僕ね」
「踊……」
舞は目を潤ませた。
着がえてさっそく読み聞かせを始めようとすると、スマホが鳴り響いた。
液晶画面は『非通知設定』となっている。
こんな夜中に誰だろう。
怪訝に思いながらも、「ちょっと待ってね」と通話ボタンを押す。
「もしもし」
『小林舞さんですか?』
受話器の向こうの声は女性のものだった。
「そうですが……」
『夜分遅くに申し訳ありません。わたくし、四井不動産人事部採用チームの千草と申します』
舞は弾かれたように顔を上げ、
「こ、こんばんは!」
受話器の向こうで、くすくすと大人びた笑い声が聞こえた。




