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恥じ入って小さくなっている舞を、千草は微笑ましく見つめた。
清楚で純情で無垢で――けれど、それだけではない。
この少女には力がある。人を変えるだけの力が。
そして折れない芯の強さを持っている。
久松の心をここまで動かした彼女に、敬意と祝福を。
千草は心の中でそっと呟く。
「さて、かっこつけの久松君は行っちゃったことだし、ご飯でも食べて帰りましょうか」
「そうですね。小林に未練たらたらの久松は出立したわけですから」
露骨なディスり合戦に、舞は思わず噴き出す。
これを本人が聞いたらどう思うことか。
どうやってそっと二人の前から姿を消そうか考えていると、
「行くぞ、小林。さっさと来いよ」
葵が振り向いて言った。
「私もですか?」
「そうよ。久松君とのなれそめ話、聞かせてもらわなくちゃ。今夜は寝かせないわよ?」
千草は薔薇のように笑う。
二人の背中を追いかけながら、舞は思った。
きっと――二人は舞と久松の間に本当に起こったことを、全く予想できないだろう。
美しく彩られた恋物語を期待しているに違いない。
出会いは最悪で涙色に染まり、始まりは苦く絶望の味がした。
泣きながら、嘆きながら、それでも離れることができなかった。
馴れ合いとは似ても似つかない、お互いの存在を賭けた熾烈な戦いであり、生身の心と心のぶつかり合いだった。
食うか食われるかの緊迫感の中で、相手の心に踏み込めばどうなるかを身をもって知った。
世間一般でいうところの愛や理解とは、笑えるくらい程遠い恋愛。
それでも――舞は空を見上げる。
それでも、今日は語ろう。
私のことを。彼のことを。
二人がどうして出会い、惹かれ合い、反発し合ったのかを。
憎しみ、怒り、侮り、恨み、それでもなぜか共鳴し合うようにして、再び巡り合ったことを。
甘く幸福なことばかりではない。
それでも、舞にとって何物にも代えがたい、大切な物語を。




