21
「6時30分ご予約の、小林舞様ですね。どうぞこちらへ」
社員の利用するカフェテリアの一角に通されると、舞は呼吸を整えつつ席についた。
何とかたどりつけた。気分も先ほどよりは、少しましだ。
それにしてもさっきの人、何て親切だったんだろう。身なりがよく、物腰に気品が感じられた。
ただ、気にかかるのがあの社章のバッヂだ。
あのマーク、どこで見たのだろう。頭がぼんやりとしていて、いまいち思い出せない。
考えこんでいた舞は、自分の前にすっと座る人影に気づかなかった。
「もしもし?」
言われて顔を上げ、喉の奥で小さな悲鳴をあげた。
「ひっ」
何で。どうして。
恐怖と混乱の極致にいる舞に、彼は営業用の完璧な笑顔で言った。
「こんばんは。小林舞さん」
「久松…………さん」
「本日はOB訪問ということで、お忙しい中わざわざお越しいただありがとうございます。
実は、このたび担当するはずだった社員がインフルエンザで寝込んでしまいまして、急遽わたくしがお相手をさせていただくことになりました。
申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
申し訳ありませんとはこれっぽっちも思っていない口調で久松は述べた。
できの悪い悪夢を見ているようだった。何かの冗談だと思いたい。
一体どういうつもりで自分の前に現れたのだろう。
いや、何を考えているのであれ、舞にとって都合が悪いということだけは確実だった。
「顔色がよくないですね。大丈夫ですか?」
9割方あなたのせいです、という言葉をぐっと飲み込む。
「いえ。平気です」
「緊張されているようですね。本日は選考とは一切関係がありませんので、是非ざっくばらんに気さくな意見交換の場としたいのですが、いかがでしょう?」
しゃあしゃあとほざく彼に、舞は呆れ果てて物も言えなかった。
これほどあからさまな嘘には、生まれてこの方出会ったことがない。
「どうもありがとうございます」
皮肉をこめて頭を下げると、久松は微笑んだ。
「それでは、何か聞きたいことなどありましたらどうぞ」




