205
「お前と別れた後、俺はクラブ『百合』へ行った」
舞は驚いてぱっと顔を上げる。
「どうしてあの店を選んだのか分からない。取引先の人に連れられて、一度訪れたことがあるだけの店だった。だが、なぜか足が向いた」
百合は黙って飲んでいる葵を、そっとしておいてくれた。
その心遣いが身に染みたと葵は言った。
「帰り際、彼女は俺にこう言った。
『疲れたときは、いつでもここに来て羽を休めればいい。だけど、ここはお店だから、みんな家に帰らなきゃならない。そして明日になれば、また世間の荒波ってやつと戦わなきゃならない。それを分かっているから、女の子たちはとびきりの笑顔であんたたちを癒すの。
ここは誇り高き戦士たちの休息の場所だ、逃げ場所じゃないんだよ』と」
現実から目を背けて逃げ回る人間に、笑顔やサービスを求める資格はない――と。
百合さんらしい。あまりにも。
胸が温まる。
「全てを見抜かれていたと思ったよ。自暴自棄になっていた俺を、彼女は厳しくたしなめた。俺はそれが悔しくて、意地でも立ち直ってもう一度あの店に足を運んでやろうと思った。
おかげで、何とか踏みとどまることができた」
その言葉を百合に聞かせたいと思った。
きっと百合は、「あら、そんなこと言ったかしら。覚えてないわ」と綺麗な笑顔でとぼけるだろうけれど。




