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反射的に謝ろうとしたが、足に力が入らず、よろめいてしゃがみこんでしまう。
すると無言で手をつかんで引っ張りあげられて、舞はその人物の方へ倒れかかった。
香水だろうか、かすかに清涼な香りがする。
見上げると、若い怜悧な男の顔があった。
スーツの襟元に四つ葉のクローバーを模した社章が銀色に光っている。
「大丈夫か」
深い声が言った。
舞はようやく状況を把握し、慌てて、
「すみません。ご迷惑をおかけしました」
勢いよく頭を下げると、まためまいがした。
目の前の男性は眉を寄せ、
「顔色が悪いな」
「大丈夫です。ご親切にどうもありがとうございます」
「就活生か」
「はい」
「どこへ行くんだ」
「四井不動産へ」
その名を聞いて、男性の顔が強張った。
「無理をしないほうがいい。帰って体を休めたらどうだ」
「お気づかい本当にありがとうございます。ですが、どうしても外せない用があるので」
「あの会社にか」
「え?」
目を丸くしていると、男性は魔法のような速さでタクシーを呼びつけ、舞を後部座席へ押し込んだ。
黒い財布から一万円札を抜き出し、運転手に渡すと、
「釣りはいい。彼女を四井不動産の本社まで送ってくれ」
「あの!」
閉まりかけたドアの前で、舞は身を乗り出して声をあげる。
「私、早明大学の小林舞と申します。本当にありがとうございました」
礼儀正しく頭を下げる舞を見て、男性はかすかに笑う。
「篠宮葵。就活に熱心なのはいいが、自分の体も大事にするんだな」
タクシーは滑るように走り去ってゆく。
舞は遠ざかる姿が見えなくなるまで、自分でも気づかぬほど長い間、葵を見つめ続けていた。




