192
舞はくしゃりと泣き笑いのような顔をして、久松の手をゆっくりとほどいた。
「こんなの久松さんらしくない。久松さんはもっと……悪だくみばかりして、何を考えてるか分からなくて……私なんかに、そんな真剣な顔するわけないんです。
だから……やっぱりこれは嘘なんです」
嘘でいい。嘘であってくれと舞は願った。
本当だったら、どうしたらいいか分からないから。
考えただけで心が壊れそうになるほど、怖くて怖くてたまらないから。
胸が潰れる。息が苦しい。久松の顔がぼやける。
「どうしても信じてもらえないのか。それが君の答えなのか」
久松の声が無惨にひび割れる。
舞はもう、久松の顔を直視することができなかった。
「久松さんは私じゃなくたって、他にいくらでもいい人がいます。きっと」
受け入れられない。応えられない。
今まで誰にも見せずに守ってきた心の最も深い部分を、久松はこじ開けようとしている。
舞の中に入ってこようとしている。
それが分かるからこそ、恐ろしくてならないのだった。
葵とは違う。他の誰とも違う。
この人は――この人だけは。
「だけど、私は違う。あなたのこと……好きにはなりません」
心を守るためには、引きずられないためには、自ら手を離すしかない。
舞は胸に浮かんだ感情を見もせずにぴしゃりと蓋をした。
久松は一つ一つの言葉を噛みしめるように沈黙すると、やがて言った。
「そうか。……分かった」
舞の潤んだ瞳を見つめ、踵を返す。
「ありがとう。どうか元気で」
普段とは違った様子がひっかかり、舞はわずかに久松の背中を追いかける。
だが久松は一度も振り返ることなく、夕闇に霞む街へと消えていった。




