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午後6時。


オフィス街の雑踏ざっとうを、舞はふらつきながら歩いていた。


リクルートスーツに身を包み、薄化粧した顔はかすかに青ざめている。


ヒールの低いパンプスが、力なく地面を打つ音。


先程からひどい頭痛と、めまいと吐き気が波のように襲いかかってきていた。



原因は分かっている。昨晩の仕事だ。


お客様がやたらと呑ませたがる人で、本人も酒豪だった。


彼のペースで呑み進めると、常人ならあっという間に意識を失ってしまうような、むちゃくちゃな呑み方だった。


席についたのは鈴蘭と、若葉というヘルプに、舞だった。


2人は酒に強く、勧められるままに杯を空けても平然としていた。


だが舞は、お客様の呑みっぷりを見て血の気が引いた。


つき合っていたら身がもたない、そう思ったが、ホステスが酒杯しゅはいを断るなど言語道断だ。


どうあっても、強い酒を大量に摂取することは避けられなかったのである。


結果的に舞は10杯以上のウォッカやスコッチを飲み、二日酔いに陥っていた。


整然と並び立つオフィスビルは、どれも同じ顔でつんと澄ましていて見分けがつかない。


地下鉄の出口を間違えたのか、歩いても歩いても迷宮のようで、目的地にたどりつける気がしなかった。


視線を上げれば、灰色の町並みがあざ笑うように見下ろしてくる。


就職活動中に見る空は、どうしてこんなに暗く淀んでいるのだろう。



舞が目指しているのは、四井不動産東京本社ビル。


丸ノ内の一等地にある、歴史を重ねた風格と機能的な洗練を兼ね備えた建物である。


舞はそこで、本日6時30分より、とある社員とOB訪問をする予定であった。


足元がふわふわしていておぼつかず、視界はもやがかったようにぼやけている。


気分が悪くて今にも倒れそうなのだが、欠席の連絡を入れようにも電話番号が分からなかった。


口の中がじわりと苦くなる。


冷や汗が背中を流れ、心臓が信じられないくらい大きな音で鼓動している。


一歩進むたびに、諦めてしまおうかと考える自分がいる。


四井不動産に内定することなど、夢のまた夢だ。


そもそも、人事の久松に弱味を握られている時点で、可能性はゼロに近い。


なら、帰ってしまえばいいじゃないかと悪魔の声が囁く。


だが、これを蹴ってしまえば、選考の望みは完全に絶たれてしまう。


久松の耳に入れば、迷惑をかけたことへの嫌味の一つや二つくらい言われるだろう。


いや、それだけで済むとは思えない。


おぞましい想像に震え、舞はよろめきながら必死で歩き続ける。




――デベロッパーになることは、父から託された使命だった。





魅力的な職業だと思う。


きっと、何物にも代えがたいやりがいを得られるだろう。


が、それ以上に、父との約束を果たしたいという思いが舞の胸にあった。


大規模な開発を手がけ、誰もが認める有名なデベロッパーになれば、もう一度父に会えるのではないか。


そんな淡い希望が、今の舞にとってすがれる唯一のものだった。


前も見ずに歩いていた舞は、目の前の人影と思いきり正面衝突した。

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