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「何でああいう奴らって、無駄に逃げ足ばっかり早いんだろうね」
二人の姿を見送ると、久松は喉の奥で笑った。
「すみません。助けていただいて」
舞は申し訳なさそうに言って、うつむいた。
「篠宮と何かあったの」
舞は眉尻を下げて笑い、首を振った。
「何も。ただ、元の関係に戻っただけです。あの人は高いところにいるべき人ですから」
自己卑下の含まれた台詞に、久松はかすかに眉を寄せる。
舞は大きく深呼吸をして、
「でも、正直スカッとしました。一日中、根も葉もない噂ばかり言われてまいってたんです。もし久松さんが言ってくれなかったら私、あの人たちをぶん殴っていたかもしれません」
さり気なく物騒なことを言いながら、舞は久松に感謝の眼差しを贈った。
分かっていた。久松は舞の代わりに怒りを発散し、悪者になってくれていることを。
片桐のときも、今日もそうだ。
おかげでいつも自分はいい格好をし、聖人ぶって相手を許している。
そこまでできた人間ではないのに。
「ありがとうございます。久松さん」
「今日は、『何でここにいるの?』って聞かないんだね」
久松が問いかけると、舞ははっとした。
聞かないのは――聞けないのは、その答えが分かりきっていたからだった。
記憶が切ない音色を響かせて蘇る。
あのとき――片桐と遭遇した帰り道、久松に告げられた想いを、舞は受け入れることができなかったのだった。




