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片桐はよろめきながらも立ちあがると、気丈な面持ちで告げた。


「ご自分をそのように傷つけるのはおやめください。あなた一人のお体ではないのですから」


皮膚が裂け、血の滲んでいる葵の手を取る。


「お怒りになるのも当然です。もとより許されようとなど思っていません。

 ですが……どうか、そのように自分を傷つけるのだけはおやめください。

私を好きなだけ殴ってくださって構いません。いつでも殺される覚悟はできております」


葵は片手で額を覆い、苦悩に満ちた声が言う。


「……なぜなんだ。どうしてお前は、そこまであの男の言いなりになれるんだ。めかけにさえしてもらえず、その息子に頭を下げてまで。お前には矜持きょうじがないのか」


そのとき、片桐は初めて人間らしい表情を浮かべた。


かすかに微笑んだのだ。


「葵様。わたくしは倉之助様の愛人ではありません。ただ、倉之助様に拾っていただいた恩義があるのです」


葵が中学に上がる以前から傍にいたが、片桐が自分の過去を話すのは初めてだった。


「お恥ずかしい話ですが、私は捨て子でした。若く貧しかった母が私を育てることに耐えかねて、病院の前に捨てたと聞きました。市営の託児所に引き取られてからは、まさに地獄のような日々でした。踏みにじられ、虐待され、ひどい扱いを受けました」


淡々とした口調が、かえって残酷さを浮き彫りにしていた。


「そんなとき、私を拾ってくださったのが倉之助様でした。薄汚く、がりがりに痩せて、目のぎょろぎょろしていたみっともない孤児の私を、どうして拾ってくださったのかは分かりません。あの方特有の気まぐれだったのかもしれません。けれど、私は救われたのです。信じがたいほどの幸運だったと思います。

その日から、真っ暗だった私の人生に、希望の光が宿りました。私がどれほど多くのものを頂いたか……何万の言葉を尽しても、ご恩は語りきれません」


片桐は言葉を切ると、涼しげな一重の瞳で葵をしっかりと見つめた。


「私はあの方に頂いたご恩を、一生をかけて返すつもりです。それを守り抜くためなら、命を落とすことになっても構いません」


凛とした強靭な意志に、葵は圧倒されていた。


これほどの覚悟を前に、自分が何かを主張したところで小揺るぎもしないだろう。


葵と違って、向こうは命をかけているのだ。

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