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きっと久松は今、千草のことなどそっちのけで、新しい何かに夢中になっているのだろう。
それが仕事なのか趣味なのか女なのかは分からない。
だが、彼にとっての優先順位の1位が自分になることは、永遠にないのだ。
それだけが、たった1つの虚しい真実として、千草の胸にいつもあった。
2人でいるのに淋しさが拭いきれない。
この自分が、そんな風に思い悩む日がくるなんて。
「あ、そうだ。新人研修のプログラム、今週末までに企画書作って杉崎部長に提出しておいて。
あと今日は昼間と就業後にOB訪問が合わせて10人程度来るから、担当の社員に評価ポイントと質問内容の共有、確認しておいてね」
さばさばした事務的な口調に切りかわり、久松も後輩としての態度に戻る。
「分かりました。プログラムのほうは後で去年のデータを確認させてもらって検討します」
「OB訪問はせいぜい学生さんに、『素敵な人』って思わせるようにね」
あなたの得意分野でしょ、と千草は笑いながら嫌味を言った。
久松は「いやいや」と恭しく首を振り、
「素敵でしたよ。弱ってる千草先輩も」
千草は顔を熱くして絶句する。
小憎らしい男だ。いつの間に、こんなに余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)になったのだろう。
かつてのかわいらしく、一途で、がむしゃらな後輩の面影はどこにもない。
過去が色鮮やかに蘇り、千草は苦々しく咳払いをした。
「それじゃ、また後で」
「ええ。楽しかったわ、ありがとう」
重い音を立てて扉が閉まった途端、千草はベッドに突っ伏して目を閉じる。
サイドテーブルに置かれたミネラルウォーターを飲んで、何度も深呼吸を繰り返した。
――これは恋愛じゃない。
恋愛ではない、と言い聞かせながら。




