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「おかえりなさい」
深夜0時を過ぎて都内のマンションに帰ると、セーラー服を着た美少女が立っていた。
「恵。来るなら来るって言ってくれよ」
「だって。こっそり来て、びっくりさせようと思ったんだもん」
久松は困ったように笑い、きちんと揃えられたローファーの横に靴を脱いで上がる。
リビングルームの白木のテーブルには、きちんと用意された夕飯があった。
オムレツにポテトサラダに、白飯に味噌汁。
「これ、お前が作ったの?」
「そうだよ。あんまり遅いから先に食べちゃったよ」
両手を後ろで組み、上目遣いで見つめてくる少女は、久松恵。
久松の妹――厳密には異母妹にあたる。
黒目がちの瞳と愛らしいえくぼが特長的な、都立の高校に通う17歳だった。
「義母さんが心配してるだろう。連絡は入れたのか?」
「メールしといたから平気。ねえ、泊ってっていいでしょ?」
「こんな時間じゃなあ。終電に間に合わないし仕方ないだろ」
「嬉しい!ありがとう」
恵ははしゃぎ、胸に飛び込んで強く抱きついた。
子供のような様子に久松は笑い、頭を撫でてやる。
恵は異母兄から酒や煙草の匂いに交じって、かすかに花の芳香が漂うのを感じた。
甘い、かぐわしい香り。女の匂いだ。
その目が久松の知らぬところで、鏃のように鋭く細められる。
「ねえ、お兄ちゃん」
「何だよ。風呂沸かして勝手に入っていいぞ。あと、俺明日も仕事だから早いけど、戸締りはきっちりやってくれよ」
「分かってるってば。もう子供じゃないんだから」
あどけなく頬をふくらませている様子は愛くるしい。
久松はまとわりついてくる妹を笑ってあしらうと、
「ちゃんと学校行ってるのか?勉強は今のうちにちゃんとしとけよ」
「うん、してるよ。だって私、将来お兄ちゃんの会社で働くんだもん」
久松は懸念を含んだ声で、
「恵。お前ここに入りびたってること、あんまり義母さんに話すなよ」
「どうして?私がいつどれだけお兄ちゃんに会いに行こうが勝手でしょ。家にいたってつまんないんだもん。居心地悪いし」
恵はきらきら光る瞳で、
「ねえ、私ここに住んじゃダメ?」
「駄目」
久松は軽く恵の頭をたたく。
「お兄ちゃんの意地悪」
久松の胸に顔を埋めながら、冷ややかに瞳を細め、恵は心の奥底で呟いた。
まあいい。
とりあえず今は、邪魔な女どもを消しておくとしよう。




