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舞は顔を上げて言った。
「久松さん……お願いがあります」
「また『お願い』?」
久松はグラスを持ち上げると、照明の光に透かして薄く笑う。
「もう、この店には来ないでもらえませんか」
「却下」
1秒で即答され、必死に食い下がる。
「お願いします。もし、私とあなたが一緒にいるところを他の誰かに見られたら」
「ああ、杉崎部長とかね」
舞は何度も頷いた。
「はい。だから、」
「普通ホステスって、客を取るために手練手管を使うもんだろ?自分の客を断るなんて、店にばれたら怒られるんじゃないの」
痛いところを突かれ、舞は言いよどむ。
「……それでも構いません。罰は受けます」
「何でそんなに必死になるのかねえ」
にこやかだが、おそろしく鋭利な瞳が舞を突き刺した。
「君ってさ、この店にいるときはいつも暗い表情してるよね。あからさまに、いやいや働いてますって顔つきでさ。そんなんじゃ指名なんて絶対取れないと思うけど。ていうか、そんなに嫌なら辞めたらいいんじゃないの?」
舞の目に過去がよぎる。悲壮な色をした、一瞬で消え去ってしまう翳り。
「私だって……」
黒水晶のような瞳から、こらえきれなかった涙が1粒こぼれた。
「私だって、好きでこんな仕事をしてるわけじゃ」
「あー、はいはい。愚痴はよそでやってくれる。気づいてないと思うけどさ、そういう後向き発言って、誰かになぐさめてもらえるのを待ってる甘い奴が言うことなんだよね。聞いててイライラするからやめてもらえる」
激しい怒りと憎しみに、舞は歯噛みした。
「本当に人に言うことを聞かせたいなら、泣いて頼んだって無駄。きちんとした交渉材料と、協力することで得られる確実なメリットを用意すること。そんなの常識だろ。ということで、今回の望みは却下」
久松は居丈高な態度で言うと、辛辣に微笑んだ。




