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席についた舞が涙ぐんでいるのを見ても、久松は仔細を尋ねはしなかった。
「随分遅いね。ここは客をこんなに待たせるんだ」
「申し訳ありません」
興を削がれた久松は、舞の差し出した酒を呑み、ただひたすら彼女の憂いを含んだ横顔を観察することに終始した。
か細い肩を落としている様子は手折られた華のようで、なみなみならぬ美しさがある。
弱った姿を見ていると、あの一夜が思い出されてならなかった。
「就職活動は順調?」
舞は曖昧に首を振った。瞳は冷たく固く閉ざされている。
「他の企業も色々見て回ってるんだろ?」
無言で酒を作る舞に、久松は苦笑すると、彼女の手に自分の手を重ねた。
笑い含みの声で尋ねる。
「何?この間のこと怒ってるの?」
信じられないものを見るような目と目が合う。
「あなたは」
舞はごくりと唾を飲み、消え入りそうな声で、
「あなたは何も思わないんですか。無理やりあんなことをしておいて、平然とお店に通ってくるなんて」
「あんなことって?」
からかうように久松は口を挟んだ。
舞は久松から距離を取ってうつむく。
笑っていたかと思うと、久松は不意に声を低めた。
「舞ちゃんさあ、何か勘違いしてない?」
顔を間近に寄せられ、思わず舞は目を逸らした。
久松は強引に指で顎をつかんで自分の方を向かせると、
「君が勝手にここで働いて、勝手に俺の服に酒をこぼして、勝手に『何でもする』って言ったんだろ。俺は何も強制した覚えはないよ」
「それは、」
「まあ、君が俺のことを怒ろうが恨もうが全く構わないけど、自分で言ったことには責任を取ってもらうよ。何でもするって言ったんだからさ」
「私は……そんなつもりじゃ」
「そんなつもりじゃなかった?俺にはそんな言いわけ通用しないな。社会っていうのは、そんなに甘いところじゃないよ」
舞の握りしめられた拳が、力なく身体の横に落ちた。




