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「俺には昔、心から愛した女性がいた」


突然の打ち明け話に、舞は驚くやら好奇心がうずくやらで忙しかった。


「だがその人は、俺を選んではくれなかった。他の奴とも関係を結び、問い詰めると平気で白状するような……その程度の関係だった」


「その人のこと、恨みましたか?」


「恨んださ。恨んで憎んで、相手を責め続けた。怒りで夜も眠れないくらいに」


舞は目を伏せた。


だが、と葵は決然と顔を上げて、


「今はそうじゃない。裏切られたことへの怒りも、俺を選んでくれなかった恨みも、消えてなくなりつつある」


「どうして……」


舞は胸に手を当てる。


自分はまだ――きっと、久松を憎んでいる。恨んでいる。


その感情が薄れてしまうのを、心のどこかで恐れていた。


葵は透徹とうてつな瞳で、笑みを浮かべて呟いた。


「許すことが、自分を救うことだと気づいたからかもしれないな」


舞は意図がよく理解できず、首を傾げた。


葵は空を見上げて大きく伸びをすると、


「あのとき――結婚式に行ったとき、俺は絶対に彼女を許すことができないだろうと思っていた。

きっと顔を見ればまた、腹を焼くような思いで何日も苦しむだろうと。

だけど、幸せそうな彼女の表情を見たとき、氷解するようにして憎しみが消えていくのが分かった。俺はもう解放されていいんだと、そう聞こえたような気がした」


舞は切なく目を細めながら、葵の話に耳を傾けていた。


いつか自分もそうやって、久松を許せる日が来るのだろうか。


「ありがとう」


葵の不意打ちの笑顔に舞はうろたえた。


「感謝されるようなことなんて、何も」


「俺の背中を押してくれた」


葵は言って、真正面から舞の瞳を見つめた。


月のように冴えた面差しに、心臓が大きく音を立てて高鳴り、血液が一気に頭に上る。


「お前がああ言ってくれなければ、俺はこうして、けじめをつけられなかっただろう」


嬉しさと恥ずかしさとが込み上げ、舞は頬を染めてうつむいた。


「そんなことないです。私はただ、自分の考えを篠宮さんに押しつけて」


篠宮が舞の手を取って、強く握りしめる。


手のひらから伝わる温もりは心地よく、舞の鼓動はさらに早まってゆく。


「お前はいつも俺の味方だと、そう言ってくれたな」


改めて真顔で言われると、ものすごく恥ずかしい。


舞はしどろもどろで頷いた。


葵は満足そうに微笑むと、


「俺もお前に誓おう。これから先、どんなことがあっても俺はお前の味方だ。だから安心して、俺を頼れよ」


舞は心の中で悲鳴を上げる。


そんなに優しい顔で、優しい声で、嬉しいことを言わないで。


叶わないと知って押さえつけている感情が、むくむくと頭をもたげて頭を悩ませる。


かすかな希望を抱き、未来に期待してしまう。


いつかこの人の隣に立って、同じ景色を見ることができたなら。


「ありがとう、ございます」


舞はかすれた声で何とかそう言うと、真っ赤な顔を見られたくなくて、ひたすら頭を下げた。

















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