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久松は笑いながら葵の肩を押し、
「俺はこいつに頼まれたんで、日にちと場所を教えてやっただけですよ」
葵は食い入るような目で千草を見つめる。
そこには永遠のような時間があった。
新郎は列の最後で男の友人たちにもみくちゃにされている。
わっと歓声が響いて周囲の声をかき消した。
「ご結婚、おめでとうございます」
葵は押し殺した声でそう言うと、赤薔薇の豪華な花束を差し出す。
千草はそれを両手に押し抱いて、何かを堪えるような顔をした。
「葵君、私、」
「幸せになってください」
戦士のような面持ちで、葵は言った。
珍しく熱のこもった言葉に、久松は目を丸くしたが、何も言わなかった。
葵は深呼吸をすると、
「俺ができなかった分、きっと、幸せになってください。それだけが俺の望みです。
……今まで、ありがとうございました」
深く深く頭を下げる。
ただならぬ雰囲気に、千草の女友達が葵に視線の集中砲火を浴びせているのに気づいて、久松が笑ってやや強く葵を突き飛ばした。
「何思いつめた顔してるんだよ。そんなんじゃいつまで経っても結婚できないぞ」
葵は文句を言おうと口を開きかけたが、
「葵君」
千草はそれはそれは綺麗に微笑んでいた。
「ありがとう」
かすかで、消え入るような声だった。耳をすましていなければ聞こえないほどの。
しかし葵には届いていた。久松にも聞こえていた。それだけで十分だった。
千草は新郎の腕を取ると、輝くような美貌を笑ませながら、一度も振り向かずに歩き去った。




