01
たとえ避けようがなかったとしても、起こる出来事が変えられなかったのだとしても、これだけは知っておくべきだったと、今にして思う。
悪魔は、天使のような笑顔でやってくるのだということを。
セミナーは終了し、「就職活動」と顔に書かれた学生の群れは三々五々に散っていく。
会場を出たところで肩をたたかれ振り向くと、先ほどまで隣に座っていた男子学生だった。
「お疲れさまでした」
「お疲れさまです」と、舞は答えた。
「いやあ、小林さんは本当にすごいですね。あんな秀逸なアイデアがあるなら、もっと早く言ってくれたらよかったのに」
「いえ」
と首を振ると、相手は目を細め、
「謙遜しなくてもいいのに。最後の発表で優勝できたのも、小林さんのおかげだってみんな言ってましたよ」
褒め殺しが延々と続くので、どう返してよいか分からず困惑する。
「それじゃあ、私はこれで」
「ちょっと待って」
手を掴まれて驚いていると、彼は人懐っこい笑顔で言った。
「今から少し時間ない?よかったら一緒にご飯でもどうかなと思って」
「すみません。これからアルバイトがあるんです」
「そうなんだ。バイト何してるの?」
ほとんどの学生が帰ってしまい、人目がないのをいいことに、その男は馴れ馴れしさを増してきた。
舞が口を濁していると、
「じゃあバイトない日に会おうよ。連絡先教えてくれない?」
舞は学生を見上げた。折り目正しくスーツを着た好青年ながら、いささか大胆さと図々しさをはき違えているようにも見受けられる。
さりげなく身を引こうとしても、彼は握って離そうとしない。
「俺、就活仲間が欲しくてさ。たまに会って情報交換したり、一緒に内定目指して励まし合いながら頑張りたいんだ」
「すみません。私、スマホを忘れてしまったみたいなので」
「えー、嘘でしょ?」
「ごめんなさい」
「本当のこと言ってよ。あるんでしょ?」
と問い詰められ、思わず目が泳ぐ。
ふう、と男子学生が悲しそうに溜息をついた。
「……そんなに俺に連絡先教えるのが嫌なんだ」
「そういうわけじゃ……」
「ならいいじゃん。教えてよ」
頭痛を覚えて、舞はこめかみに指で触れた。
このまま押し問答を繰り返していても、解放される見込みはなさそうだ。
仕方なく鞄からスマホを取り出そうとした、そのときだった。
「お取り込み中のところ申し訳ありません」