第❸話 放課後の呼び出し
一限目、二限目と授業が終わり休憩時間になっても
速水なずなを呼び出す校内放送は流れなかった。
安田青太は「あれで大丈夫だったのか」と不思議な気持ちだった。
三限目の授業が始まるので、
かけている丸メガネを外し、ハンカチでレンズを拭く。
美術の制作として提出した、クマのぬいぐるみ。
あのぬいぐるみはゴミ捨て場で拾ったとはいえ、
明らかに市販品のしっかりした作りのもので
ただの女子高生が一晩で作ったとは到底思えないはず。
それなのに、美術教師の熊谷先生はそのまま受け取った。
何かおかしい。
受け取った時のあの熊谷先生の表情は異様だった。
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン。
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン。
昼休みになった。
なずなはクラスの友人と机を合わせて昼食の準備をしている。
肩まで伸びる髪の毛はさらさらと流れていて、
何気ない笑顔の表情はかわいらしい。
青太は席を立って、食堂へパンと紅茶を買いに行く。
そしてぶらぶらと中庭を歩きながら食べる。
なずなと付き合う前からずっとこうしていた。
「……や、安田君」
食堂に向かう途中の廊下で声をかけられた。
呼んだのは熊谷先生だった。
青太は立ち止まる。
熊谷先生はポニーテールをしており、
サイドには髪が垂れている。
それを耳にかけると、青太のもとへ小走りでやってきた。
エプロンを外している熊谷先生は長そでTシャツ一枚だったので、
大きな胸がぽよんぽよんと動く。
「あのね、安田君。今朝の速水さんの制作物のことなんだけど」
「……は、はい」
「あのぬいぐるみは本当に速水さんが作ったものなの……?」
「え、えーと……あの、いや……」
そこで青太の脳内になずなの怒り顔がボンッと現れるが、打ち消すことにした。
「いいえ。あの、違います。実はアレ道で拾ったものでして……」
青太は白状した。そして、制作の再提出のチャンスを設けてもらえるよう頼もうと思った。
しかし、熊谷先生は「そっか……」とつぶやいてその場をゆらゆらと離れていった。
青太はその背中を見ながら、頭を掻いた。
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン。
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン。
そして、午後の授業も終わり、放課後となる。
なずなはボストンバッグをさげながら青太のもとにやってくる。
「ねえ、今日バイト休みだし、部活せずにどっかで甘いもの食べない?」
「その前に、ねえ、なずな。やっぱり熊谷先生に謝りに行った方がいいよ。あれじゃ、さすがにバレてるだろうし……ていうか昼休みに」
と言ったところで、校内放送が流れた。
「1年D組、速水なずなさん。至急、美術室まで来てください」
なずなは驚いた表情をした。
「ヤバ。バレたかな」
「すでにバレてるって。正直に謝って、再提出できるようお願いしよう。紙粘土のやつ、作るのぼくも手伝うからさ」
「ちぇ。たかが美術の課題なんかで人生の貴重な時間使いたくないっつうの」
「たかがなんて言っちゃダメだよ。なずなの好きなホラー映画だって美術担当の人の造形ってのは映画に大きく影響する部分なんだから」
「何よ。青太がホラー映画語ってんじゃないわよ。生意気な」
「ぼ、ぼくだってそれなりに勉強してるんだ」
そんな青太に対し、なずなはフフと笑って顔を近づけた。
そして耳元で「ありがとね♡」と言う。吐息が耳をくすぐった。
美術室に到着すると、
熊谷先生は一人で待っていた。
部員がいないことから、今日は美術部の活動はないのだろう。
「速水さん……」
熊谷先生は怯えるような目つきだった。
「先生、ハハ……一体どんなご用でございましょうか……」
なずなはクマのぬいぐるみのことがバレたと思って気まずそうに笑っている。
熊谷先生は生徒が座る美術テーブルの丸椅子に腰かけており、
テーブルの上には、今朝、なずなが提出したクマのぬいぐるみが置いてあった。
「このクマのぬいぐるみ……どうしたの?」
「え、まあ、いやハハハ。ゴミ捨て場で拾っちゃいました……ハハハ」
なずなは白状した。
すると、急に熊谷先生はぶわっと涙を流し出した。
「え、えええ?」
あまりに予想だにしていなかった熊谷先生の行動になずなは動揺する。
一緒にいた青太も驚いていた。
「このぬいぐるみ、……赤いスカーフ巻いてなかった?」
「え、まあ、はい」
すると、熊谷先生は「わあああぁ」と言って机に突っ伏して泣き始めた。
そして「怖い。怖い。怖い。怖い」とわめき出した。
なずなの頭には「?」が大量に浮かんでおり、
青太に向いて「ナニコレ」と言った。
青太もわけが分からず、「熊谷先生」と声をかけるが、熊谷先生は泣いたままで反応しない。
怖い。 怖い。 怖い。
熊谷先生はそう言いながら泣いている。
続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークをよろしくお願いします。
また、★の評価もいただけるととても嬉しいです!
よろしくお願いいたします!