第❷話 赤いスカーフ……
安田青太は丸メガネをはずして
ベッドに寝ころびながら、
今日の放課後に速水なずなが拾ったクマのぬいぐるみのことを考えていた。
結局、なずなはそのクマのぬいぐるみをどうするのか
何も言わなかったが……
魂胆はわかっている。
きっとあのクマのぬいぐるみを、
自分で作ったと偽り
美術の制作として提出するに違いない。
そんなことを考えていると、
まくらもとに置いていたスマートフォンが震えた。
画面を見ると、
「なずな」と出ている。
「もしもし?」
「あぁ、青太。何してるの?」
「もう今から寝るところだよ」
「ふうん。でさ、今日のクマのぬいぐるみなんだけどさ」
なずなの口調は興奮気味だった。
これは電話を切って眠るまで時間がかかるかも、と青太は思った。
「クマちゃん、赤いスカーフつけてたじゃん?」
「そうだっけ?」
「首にまいてたんだけどさ、よく見たらそのスカーフに『春ちゃんへ 夏彦より』って刺繍されてたの。何か、少しいびつな縫い方だったから、きっと手縫いだね。やばくない?」
「……そ、それ。まずいんじゃない?」
「そうでしょ。怨念バリバリって感じがしない?」
「あ、危ないよ。そのぬいぐるみ早く捨てた方が……」
「でもこれ明日の美術で提出しないといけないし。赤いスカーフは外すよ」
「下手でもいいから紙粘土のやつ完成させて提出しなって」
「ふんッ。青太が手伝ってくれないからこうなったんだよ!」
「何を怒ってるんだ。とにかく、そのクマのぬいぐるみは元のあった場所に戻すべきだよ」
「でもさ、この呪いのぬいぐるみは……」
「の、呪われてるとは決まってないだろ……」
「捨てても捨てても戻ってきちゃう……みたいな感じにはならないだろうか?」
「ヒィィッィィィィィィィ!!!!!!」
青太は目をぎゅっとつぶって、布団を頭からかぶる。
「……や、やめてよ」
「青太は本当にビビりなんだから。じゃあね、また明日学校でね」
電話が切れる。
と、すぐにブルルとスマホが震えた。
なずなからのメッセージで、写真が一枚添付されていた。
なずながカメラをのぞき込むような構図で、
画面いっぱいに映っており、
顔の下には大きな胸の谷間が映っている。
「今からお風呂入るところだったんだよ♡」
と、メッセージにはあった。
「早く入らないと風邪ひくよ!」と青太は顔を赤くしながら返した。
青太はぬいぐるみの呪いのことが
頭にこびりついてしまい……
良質な睡眠をとることができなかった。
次の日、青太は登校し
下足場で上靴に履き替えていると
後ろから肩をポンっと叩かれた。
「おはよ、青太♡」
振り返ると、なずなの顔がすぐそばにありキス寸前だった。
「今日も相変わらず青太はちびっこいね」
そう言ったなずなの吐息が頬に当たった。
「ちょ、ちょっと!」
青太は怒ってみせるが、なずなは気にしていない。
「ねえ青太。今から職員室に、クマちゃん提出しにいくから一緒に来てよ」
「ひ、一人で行けばいいんじゃないか」
「わたしが作ったかどうか疑われた時のために証人としてついてきて」
「ぼくに嘘をつけって言うの」
「当たり前じゃん。わたしの彼氏なんだから」
その言葉に嬉しさもあり、困惑する気持ちもあった。
青太は頭を掻いて、「わかったよ」とうなずく。
そして、青太となずなは職員室へ入った。
なずなはキョロキョロする。
美術教師の熊谷先生はデスクに座って、
バナナを食べていた。
「あ、熊谷先生発見。いざ出陣」と歩き出す。
なずなは職員室を歩きながら
青太に小声で言った。
「熊谷先生って化粧ばっちりってタイプじゃないけど、見栄えのする顔立ちだから、化粧すればかなりやばいかもね。しかも、パイパイも結構大きいし、あれで何人の男を落としてきたのだか」
なずなはイヒヒと笑いながら歩いている。
青太は呆れていた。
「先生、おはようございます」
「速水さんおはよう。ちゃんと宿題やってきたみたいね」
「もちろんです。熊谷先生! いつも美術室の倉庫をホラ研の部室として貸してもらってるという、ご恩があるのですから、宿題の一つや二つ、当たり前です!」
調子のいいことを言って、と青太はため息をつきそうになる。
「では、熊谷先生様、こちらを上納ください」
と、なずなはボストンバッグから、昨日ゴミ捨て場で拾ったクマのぬいぐるみを取り出して、先生に渡した。赤いスカーフは取ってある。
すると、そこで熊谷先生の顔はじんわりと真剣な表情になった。
青太はそれを見ながら、「ん?」と感じる。
「先生、これでわたしの宿題は終わりです。これ、もちろん、自分で作ってますよ。その証拠にほら、青太だって見てましたし。そうだよね、青太!」
と、なずなは青太を片ひじで叩く。
「そ、そうですね」
と青太は言うが、熊谷先生のその反応に何か違和感を感じる。
「……そうね。うん、これで受け取ることにするわ。もういいわよ」
熊谷先生はそう言うと、
デスクに向き直った。
「失礼します!」となずなは元気よく挨拶して歩いていく。
「し、失礼します……」と青太もなずなのあとに続いていく。
デスクに座る熊谷先生は食べかけのバナナを残したまま、
クマのぬいぐるみをじっと見つめていた。
続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークをどうぞよろしくお願いします!