第❹話 ザ……ザ…… ポタポタ……ポタ……
旧図書館の職員と思われる前髪で片眼を隠した謎の美女に連れられて
安田青太と速水なずなは旧図書館の階段を上がっていく。
2階、3階、と上がって、4階に到着する。
旧図書館の最上階だった。
『多目的ホール』という部屋に入った。
その部屋の中は薄暗く、パイプ椅子が50脚近く並んでいた。
「では、こちらでお好きな席に座って、開演をお待ちください」
そう言って片眼を隠した美女はお辞儀をすると、
多目的ホールから出ていき、扉を閉めた。
ホールの前方にはスクリーンが天井からつるされている。
その前にはプロジェクターがセットされていた。
スクリーンには青色が全面に映し出されたままで止まっている。
「お、お客さん、ぼくたち以外に誰もいないね……」
「まあ、仕方ないわよ。ホラー映画はファミリー向けのものじゃないからね」
「でも、何かおかしくない?」
「何をそんなビビってるの。図書館は市の施設なのよ。観終わったあとに、鑑賞料金5万円とか言われたりしないって」
「いや、そういう意味でビビってるんじゃないよ…………」
すると、なずなはいきなり青太の耳元に顔を寄せた。耳に吐息がかかる。
「映画観終わったら、こっそりチューしよっか?」
「は、はぁ!?」
「ハハハハ。嘘だよ。バーカ」
なずなはパイプ椅子が並ぶ一番前の席の中央に座った。
青太もしぶしぶその隣に座る。背負っていたリュックは足元に置いた。
青太は心臓がバクバクバクと、
爆発寸前の爆弾のような状態だった……。
まさか自分がホラー映画を自ら足を動かして、観に行くことになるとは…………。
速水なずなと付き合い始めて1か月が経過するが、ホラー映画鑑賞を一緒に行うのは初めてだった。
「怖いの?」
なずなはニヤニヤとイタズラな笑みを浮かべている。
「……こ、怖いに決まってるじゃないか」
「まあ落ち着きなよ。わたしがいるんだから」
「怖くならない理由にはならない!」
青太はリュックの中から、ウサギのぬいぐるみを出した。
「うわ、何それ?」
なずなは笑う。
「ウサギのぴょん太郎だ!」
「いやいや、そんな断言されても、何それ?」
「ぼくの大好きなゲームの登場キャラだよ」
「ああ、アニマルランドだっけ? 動物たちに囲まれて、果物育てたり、釣りをしたりして、のんびりライフを送るやつでしょ」
「そうだよ! そのキャラだよ! ぴょん太郎は優しいウサギなんだ!」
青太は半ばやけくそになっていた。
ホラーにまみれて頭がパニックに陥る前に、好きなゲームのキャラクターを見て心を落ち着かせるために常に持ち歩いているのだ。
サッカーボールほどの大きさのぬいぐるみだった。
「でもダメだよ青太」
「何がだよ」
「だって、今から上映される『血みどろの湖畔』の殺人鬼はウサギが大の苦手なの」
「そ、そうなんだ……」
「殺人鬼は子供の頃に、野ウサギに耳たぶをかじられたというトラウマがあるの。だから、ウサギは大の苦手で、それがきっかけで…………ってあああ! ごめん。ネタバレしかけた」
「別にいいよ……。楽しめるわけじゃないし」
「とにかくウサ太郎だっけ? リュックにしまって」
「ぴょん太郎だよ!」
「ハハハ。どっちでもいいからしまってよね」
青太は半泣き状態で、ぴょん太郎をリュックにしまう。
そして、来客は他にないまま
時間となり、ブーーーーーーーーッという開演の音が流れた。
「始まるよ! 青太! ワクワクするね!」
青太は歯を食いしばって画面を睨みつけていた……。
「緊張しないでよ。ほら、怖くなったらこれを見て」
と言って、なずなは青太に写真を一枚渡した。
そこには、左目部分に穴が空いた麻袋をかぶったなずなの姿がある。
裸の上にオーバーオールを着ているので、大きな胸がほとんど出ている。
オーバーオールのひもで何とか胸の大事な部分がギリギリ見えていないだけだ。
手にはオノを持っている。
つい先ほど、『ホラー研究部』の部室で見たあのなずなのエロい姿だった…………。
青太は顔を赤くする。
「な、何でこんなの写真に現像してるんだ……!」
「ポートレートだよ。やっぱり写真に残したいじゃん。せっかくコスプレするんだから。それプレゼントだよ?」
青太は恥ずかしくなり、返そうと思ったら、
スクリーンに『3』と数字が出てくる。
『2』……『1』…………
『血みどろの湖畔』
というタイトルがでかでかと出てくる。
「ひ、ひぃいいいいい……」
青太はガクブルで、隣にいるなずなの服のすそをつかむ。
なずなは好奇心のすべてを視線になげうってスクリーンを見つめている。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
……暗い森の中
ザ……ザ……
と黒い長靴が葉っぱや木の枝を踏みながら歩いている。
ザ……ザ…… ザ……ザ……
ザ……ザ……
ポタポタ……ポタ……
ポタ……
足跡と一緒に、
しぼりたての葡萄のような
鮮明な色をした血が垂れている…………。
とうとう映画が始まってしまいました。青太君、頑張れ!!!!!
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