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「はあっ……とおっ……えいっ!」
気合いの入った声に合わせて振り回された刃先は、どこにも当たらず空気のみを切った。
風が切れる音がした後、持ち前の華麗な足捌きでナイフを回避した小綺麗な少年が相手に向かって獲物を突き出した。剣先で胸を叩かれ、麦畑に倒れる俺を見て、その少年は笑った。
「あははっ……、俺の勝ちだ。重要なのは少ない動きだよ、タンゴ」
「ってて……ちくしょう」
笑いながら倒れた俺に手を差し伸べる少年ーー同じ屋根の下で暮らすフィールに、俺は反抗して声を上げた。
「この前は俺が勝ったし、フィール……お前は剣だぜ」
滑らかな茶髪を綺麗に整えて、幼く小柄な体型を重なった布地で覆ったこの少年とは、5年ほど前から一緒に暮らしている。帰る場所を失った俺たちを住まわせてくれた町長の一人息子で、少年の名前はフィール・ストラクス。本来なら俺が名前で呼んでよい身分ではないのだが、兄弟のような幼馴染のような関係なので、今更変える気もない。
そのフィールの側で風が吹いたのを感じて、立ち上がったばかりの俺は、右手に携えたナイフを身体の前でしっかりと構えた。手に馴染んだ獲物を脳が認識し、ナイフは身体の一部になる。
風に乗せて緩やかに、しかし素早く空を切ったナイフが、風で巻き上げられた小さな葉を両断した。パッ! と軽い音を立て、葉っぱは地面に舞い落ちる。
「リーチが短いのは仕方ない、俺は剣じゃないんだ。それに、魔法を発動することができれば、こんな差なんて問題じゃなくなる」
「魔法……魔法か……」
憧れの言葉のように反芻しながら、フィールは右手で持った剣を鞘に収めた。
「タンゴは魔法、どうやったら使えるんだろうね」
俺は思わず右手につけた腕輪に目を落とす。
父親は魔法の使い手だった。一度しか見たことはないが、父親が魔法を使い、風を生み出していたことがある。父親はタンゴに魔法を授けた為、タンゴにも風を起こす力があるはずなのだが、力が応えてくれたことは今まで一度もない。
眼前に広がる麦畑を眺めながら、フィールはうーんと首を捻った。
「本で調べてみたんだけどさ、魔法を使おうって意気込むよりは、初めは勝手に発動してしまうみたいだよ。後はなんとなく、分かるんだってさ」
「勝手に、か」
俺は風の流れを意識した。右から、たまに左から、強く、弱く……。
ふー、と深呼吸してからナイフをしまい、代わりに放り出していた農具を担いだ。そろそろ、この友人を引き留めてはおけなくなる。
「付き合ってくれてありがとう、俺は畑に戻るよ。フィールも早く部屋に戻らないと、先生に怒られるぜ」
「俺は机の勉強向いてないんだけどな。楽しいのは剣術の授業くらいだし。それも、タンゴを相手にしてた方がずっと上達する」
フィールはそう言って俺を見て笑った。笑い返すことができなかったのは、俺にはそんな選択肢自体がないからだ。
俺は、フィールが来てくれないとーー。
「フィール!!」
直後、幼い声が屋敷の方からした。
「トアだ!」
「あなたまた無断で部屋を抜け出したでしょ! 奥様達が探されてたわよ!」
言葉とは裏腹に、声にはそこまで怒りが載ってはいなかった。彼女ーートアも、机に齧り付くより外で剣を振るいたいフィールの性格を充分に理解しているのだ。
トアは俺たちの所まで走ってくると、俺とフィールの顔を交互に見た。
「また勝負でもしてたの?」