6、迷子
「王立図書館って本当に全ての本があるのね。底抜けるんじゃない?」
「図書館ではお静かにだろ。」
ウルフはニヤリと笑う。そうだった気付くと周りにいた人にじろりと睨まれた。一応会釈をして司書さんの所まで歩く。正直、田舎者の私はこんなに人が沢山いる事やお店の品物や屋台での食べ物、図書館に着くと所蔵量の多さ等全てが新鮮で少し興奮して声が大きくなっているのが分かる。
とりあえず司書さんになんでも治しの文献がないか調べて貰うと3冊存在したので番号を書き留めて探しに行く。本は3冊共すんなりと見つける事ができたが、とんでもなく分厚い本だったので仕方なく時間をかけて読み始めた。ウルフは私を待っている間、何やら真剣に呪いについての本を読み漁っていた。
結局3冊共ろくな情報は載っておらず途方に暮れているとウルフがこちらに気付いてペラペラと本をめくりまたあのニヤリ顔をしてみせた。
「何なの?気持ち悪い。」
今度はちゃんと小声で話す。ウルフは本の作者のプロフィールが書いてある箇所を指さした。
「砂の国?それが何?」
「3冊共作者は違うけど全員出身は一緒だよ。そして同じ研究所で学んでいる。」
「って事は砂の国に行けば何か分かるかも?」
「ああ、そうだ。」
ウルフはパタンと本を閉じた。という事は次の目的地は砂の国という事だ。
「ここからは長旅になるけどよろしくね。」
「ああ、行こう。」
図書館からの帰り食事をしてから宿に帰ろうと話して歩いているとウルフが消えていた。ちょうど仕事を終えて帰る人が多く混み合う時間だったらしく完全にウルフとはぐれてしまった。
「どうしたものか。食事をする場所は決めてないし宿に戻るしかないか。」
「でっけえ独り言だな。迷子か?」
声をかけてきたのは同じ位の年齢の男の子だった。
「うん、○○っていう宿に行きたいの。」
「おいおいここからだと30分いや1時間弱はかかるぞ。それにもう暗くなるここは犯罪多発区域に近いし。」
男の子は呆れたように言う。どうやら結構な距離を人に押し流されたようだ。
「えっと道を教えてくれる?」
「うーん送ってやるよ。何かの縁だしな。子供は助けるって決めてるんだ。」
大人のような口ぶりだが顔も幼いし背も私とそんなに変わらないし。
「あんたも子供でしょ?」
「失礼な奴だな。俺はもう20歳だぞ。」
「大人だった。ごめんなさい」
「じゃあついて来い。なるべく明るい道を通るが離れるなよ。」
「はーい。」
前を歩きながら周りを見回し道を選んでいる。慎重な性格のようだ。少し街並みが変わり明るくなると表情が柔らかくなった。
「ここまで来れば大丈夫だろう。さあ宿までもう少しだぞ。」
「ねえお兄さんは何をしてる人なの?」
「いきなりだな。俺は家具職人だよ、まだ見習いだけどな。」
とてもいい笑顔で言うので仕事が好きなのだろう。素直に羨ましく思う。私はなんでも治しを探しながらまだ色んな事に迷っているのだから。
「楽しいんだね。羨ましい。」
何だか俯いてしまう。それに気付いてか優しい声色で話しかけてくれる。
「急にしおらしくなったな。お前もきっと。」
と急に話が途切れたので顔をあげると男の人の前に3人のいかにもゴロツキという様な男が立っている。
「何の用だ?」
庇うように前に立つ男の人は怯える事なく真っ直ぐに睨み付けている。
3人の内の1人がヘラヘラとしながら口を開いた。
「いやぁ、後ろのお嬢さんさあ。可愛いなぁって。」
他の2人もニタニタと笑いながら私を見ている。あのギラギラとした目に見られると居心地が悪く鳥肌が立つ。
「だからなんだ?」
男の人はそれに気付いてか少しズレて視線からも庇ってくれた。その態度が余計にイラつかせるのかゴロツキから笑いが消える。
「なあ俺達に譲ってくれよ?子供は帰っておねんねしてろよ。」
「消えろ!今すぐ騎士団を呼ぶぞ!」
「呼びに行けよ。その間にその子とよろしくやるからさ。」
とそれぞれナイフを取り出した。ジリジリと3人が近付いてくる。走っても逃げ切れるかどうか、そもそも道が分からないし。私はひっそりと瓶に入った催涙薬を取り出した。
ゴロツキの1人がナイフを持って前に立つ男の人に飛びかかろうとしたその時だった。
後ろの2人がドサリと倒れた。何が起きたのか全く分からなかったが2人同時に倒れた。それに気が付き前にいた1人も動きを止めて後ろを振り向く。
「何だ?これはどういう事だ!おい!誰かいるのか?」
ゴロツキが叫んで辺りを見渡す返事はない。先程までの人の喧騒が嘘のように静かで少し不気味だ。
「おい!返事をしろ!闇討ちは卑怯だぞ!」
「そうか?じゃあ姿を現そう。」
すっとゴロツキの後ろに人が現れた。魔法石の灯りが照らしたのはウルフだった。そしてゆっくりと最後のゴロツキが音もなく倒れた。
何をしたのか灯りにはっきりと照らされていたのに全く見えなかった。
「リン大丈夫か?」
「うん。この人が守ってくれたから。」
よく見ると汗だくになっている。今までずっと探してくれていたのだろう。本当に申し訳ない。
「ごめんね人に流されちゃって。後普通に道に迷った。」
「気を付けてくれ。少し肝を冷やしたよ。」
「うんごめんね。」
「無事で良かった。それよりありがとうございました。リンを守ってくれて。」
「いやいや俺は何もしてないよ。あまり彼を困らせるなよ。」
振り返ってニッコリ笑う。
「彼じゃないし。あのせめてこれを。」
私は保湿のクリームと傷ややけどに効く薬を渡した。
「ありがとう。遠慮なく貰うよ。奥さんが喜ぶ。新婚だからな。」
そしてまたいい笑顔で言った。
「あのお兄さん名前を教えてくれない?」
「ああ、言ってなかったか。カリムだよ。じゃあ俺はここで、また家具屋にも来てくれよお2人さん。」
受け取った薬の瓶を袋にしまい、軽い足取りで来た道を戻って行った。
「いい人と一緒で本当に良かった。ここは都会だ危険も多い。もっと気を付けていてくれよ。」
「はいはい、分かりました。」
「ええ、はい。危なかったです。発見が遅れていれば誘拐されるところでした。」
「そっか、それにしてもいい人と一緒で良かったよ。どんな人だったの?」
「そうですね。家具職人のカリムという、見た目は子供っぽいのにしっかりとしていました。」
「カリム!」
通話の向こうでクイン様が叫んだ。その後矢継ぎ早に質問される。
「今何してるって?どんな感じだった?ガリガリじゃない?栄養足りてそうだった?病気してなかった?」
「ええとですね。とても元気そうでお嫁さんがいると、見た目は少し幼めでしたが病気もしてなさそうでした。」
「そう。えへへへそーう。はーあ本当に良かったぁ。」
「なぁにクインその顔は?んん?あれぇ男?」
通話口からも分かる冷たい空気。
「へ?いやこれには深い訳があって!男だけどその男ではなくて。」
「何?男なの?」
あっクイン様地雷を踏んだな。ご愁傷様です。
「じゃあねウルフ。また何かあったら言ってね。」
「はい。」
通話が消える前に後ろで、怖い怖い寄らないでという声が聞こえた。
羨ましい素直にそう思った。この2人は本当に仲が良い。夫婦として友として相棒として全てにおいて2人で補い合っている。
俺達はなれなかった。だから俺は村を出て。
「あいつ元気かな?」
そろそろ部屋に戻ろう。明日から長い旅になるしな。