5、タイム
「すみません。誰かおられますか?」
段々と歩く音が近付いてきた。ゆっくりとドアが開いてそこに居たのは天使?ではなく金髪で青い瞳、白い肌の侍者服?でいいのかなを着た絵本から出てきたような10歳位の男の子だった。
「用件は?」
「えっと、なんでも治しを探しています。何かご存知の方がいればお話しさせていただければと。」
「あーはいはい。スライ様に会いたいのね。」
「いえ、そういう訳では無くてこの教会で1番薬に詳しい方にお話を聞きたいのですが。」
「えっ?スライ様じゃなくて?」
「ええ、スライ様が薬に詳しいなら話は別ですが。」
「じゃあすぐに会えますよ。ついてきて。」
少年に続いてステンドグラスから光が射し込む廊下を突き当たりまで歩きドアが開かれ暗い階段を降りていく。正直、気味が悪い。ジメジメとした地下を歩く壁紙はそこら中剥がれ落ちなんというか廃墟のようだ。裸電球がぶら下がっているドアの前で少年が立ち止まる。
「はい、ここですよ。じゃあ。」
男の子は紹介もせずに行ってしまう。仕方なくノックをしてドアの外から声をかける。
「すみません。教会で1番薬に詳しい方に話を聞きたいとお伝えしたらこちらへ案内されました。ドアを開けてもよろしいですか?」
「えっ!えっええ!じゃあ、あっどどうぞ!」
そっと開く。中にはふくよかな体型の眼鏡をかけた白衣の男性がいた。部屋はやはり調合室のようですり鉢やビーカー等色んな物が置いてある。よく見るとカイルが着ていたような神父さんの格好の上に白衣を着ている。童顔でふわふわとした黒髪が何とも可愛らしく若く見せているけどもしかしたら私より年上かもしれないな。
「こんにちは!僕はタイムです。えっとあなた達は?」
「私はリンです、彼はウルフ婚約者です。なんでも治しを探す旅をしていて各地で話を聞いているんです。」
「そうか!端的に言うとなんでも治しの薬はありません!ただレシピを見た事があります。万能薬の事ですよね。」
レシピか。ここも微妙な情報しか。
「ええ、そうとも言いますね。」
「少しだけしか見ていないので何とも言えませんが、調合師は命の炎を使用するので命を落とします。だから万能薬を作るなら命懸けです。」
「なんと!」
後ろでウルフが叫んだ。私は気にせずタイムに話しかける。
「そのレシピはどこで見たんですか?」
とタイムが口を開く前にウルフが刀に手をかけて呟いた。
「誰か来る。」
そしてノックもせずにタイムと同じ黒い服の男が入ってきた。
「侍者から僕には会いもせずこんな異端者に話を聞きに客が来たという話を聞いてね。こんなろくでもない場所まで足を運んだ次第ですよ。」
よく喋る男だ。彼がスライか。さっきの男の子を大きくしたって感じ。
「おっとこれはこれは可愛らしいお嬢さんだ。僕と食事はどうですか?もう話は終わったんだろう。」
その前に手を離せ変態。とウルフにぐっと後ろに引き寄せられた。
「彼女は俺の婚約者です。おやめ下さい。」
「それは失礼。とても可愛らしいお嬢さんだったので。残念だ。」
と見つめられるとヒヤリとした感覚と同時に薄気味悪い感じがした。これは知ってる父さんと同じ能力、魅了だ。残念だが父さんと訓練してかからないようにしてある。
「これまた残念。じゃあ邪魔者は退散しようかな。」
そして付き人と共にドアの外に消えて行った。
「何しに来たの?」
私はドアに向かって呟く。タイムは少し興奮した様子で話しかけてきた。
「君!魅了をどうやってかわしたの?本当に凄いよ!」
「父さ、父が魅了を使えるので訓練しました。」
「訓練でどうにかなるものではないよ!いや……まさか。」
急に黙り込んでしまった。ウルフは刀から手を離さない。まだ警戒しているようだ。
「もしかしてリンさんも魅了を使えるのかもしれない。多分中和できるんだよ。毒を以て毒を制すという事だ。」
「というと?」
「魅了には魅了で対処するという事だと思う。」
「何となく分かるような分からないような?」
「多分いつか分かる日が来るさ。そうだ万能薬のレシピを見たのは王都だよ。王都の図書館だ。」
王立図書館か。確かにあそこならなんでもあるだろうけど中に入るには身元の保証がいるな。とにかく行ってみよう。王都遠いから色んな村を通る事になるかな。
「分かりましたタイムさん、ありがとうございました。あの不躾ですみませんが、あなたはどうしてここに居るんですか?薬を研究するならそれこそ王都とか。」
「………ここにね病気の母が居るんだけど、あの教会のせいで薬を飲まないんだよ僕が何度言っても話も聞かないんだ。薬を飲めば治る病気なんだけど魅了のせいだと思う。あいつはなんの信念もない、人の話を聞くのが面倒でああ言ってるんだ。別に人がどうなろうがどうだっていいんだよ。酷い奴だよ。」
「そうなんですか。」
何とも悲しい話だけど、私達にはどうする事も出来ずに宿に戻った。ウルフはまた魔王に連絡する為に外に出て行った。
「魔王様なんでも治しは万能薬とも呼ばれるようです。それに命懸けで作るらしいです。レシピも難しいようで。」
「ああ、そうだね。もしレシピを見つけてもすぐに作らない方がいいね。」
「ええ、そうですね。そういえばワイトは魅了使いが支配していて、民の命を愚弄しています。」
「なんだって?命を?」
「ええ、大した信念も無いのに最低です。」
「君がそこまで言うのは珍しいね。まあ気にせずに明日出発しなさいね。」
「はい、そうします。それでは失礼します。」
「うん気を付けてね。」
次の日の早朝なんとも言えない気持ちを抱えたままリンと俺はワイトを後にした。出発した日心地よい雨が降り出して憂鬱な気持ちが消えていた。
数日後、旅の宿屋でワイトの噂を聞いた。
聖水の雨が降り全ての悪い作用が消え失せてスライがしょうもない結婚詐欺師で、地下で薬を作っていたタイムこそがワイトの真の当主だと思い出したという話だった。