13、騒動
「さあ行くわよ。」
皆緊張した面持ちで朝を迎えた。とにかく今日は女王との面会をどうにか成功させなければならない。リンの両親は酷い顔をしている。魔王様とクイン様は研究所から帰ってくると2人でずっと話し合いをしていて2時間程しか眠っていないし。そもそも俺がしっかりと守っていればと拳を握りしめた。
「ウルフ君、君のせいではないよ。僕と姫様があの時全てから逃げたのがいけなかったんだ。何でも屋の2人に甘えて任せきってしまった。僕達が悪いんだよ。君が気にする事じゃない。」
リンの父親が優しく笑った。俺は刀を握り自分を正す。
「ありがとうございます。俺も全力でリンを奪還します。」
「ああ、ありがとう。」
城に着くと兵士が門を開けてこちらを見ている。ただ視線に不思議な感情を抱いた。憎しみというよりは懇願といった視線だったから。
「おお、姉様お久しぶりです。その節は本当にありがとうございました。」
女王はリンの母親に深く深くお辞儀をした。
「そんな事はどうでもいいわ。早く娘に会わせて。」
「そうじゃな、こちらへ。」
兵士に連れられてリンがやってきた。元気そうだ。
「リン良かった。無事ね。」
リンの両親は安堵の表情を浮かべた。
「さあ。姉様なんでも治しの本物のレシピを書いてくれるかえ?」
兵士はリンを掴んだまま女王の傍に移動した。あの兵士も悲しい顔をしている。リンはただ黙っている。何故喋らないんだ?
「女王そろそろ演技はやめたら?」
クイン様が口を開いた。演技?
「なんの事かえ?」
「確かにリアンはこの国を恨んでいるけどあんたは恨んでないわよ。本当の事を言って素直に頼んでみなさい。」
「う、嘘じゃ!嘘じゃ!姉様は私をきっと恨んでおる。私のせいでこの城を出て行ったのじゃから。」
女王は涙を流し始めた。横の兵士も泣いている。正直何の話なのかさっぱり分からない。
「クイン?どういう事?」
「そこの女王はとにかくなんでも治しが欲しいのよ。」
「ちゃんと話して。」
リンの母親が促す。クイン様が口を開いた。
「息子が病気なのよ。」
「ラナの?」
「ええ、そうよ。それに本当はいい女王らしいわ。部下からの信頼も厚く民からも愛されている。」
「じゃあどうしてこんな事を?」
女王はずっと泣き続けている。そこに昨日の研究所の所長が現れ女王の肩を抱いた。
「奇しくも女王と同じ病気になった息子。どうしても救えないそこでなんでも治しに頼るしかなくなった。でもレシピ通りには作れない。息子の代わりに人を殺す事はできない。行き詰まった時にリンが現れてリアンが生きていると知った。でもリアンへの城内の人々の仕打ちを知っていたから憎まれていると思って強硬手段を取るしか無かった。」
「それで娘を誘拐したの?」
「姉様!ごめんなさい!誘拐など本当にごめんなさい!」
女王はリンの母親の前に土下座をし始めた。研究員も同じように膝をつく。
「お願いです!息子を助けて!」
リンの両親は顔を見合わせ頷きあった。
「馬鹿ね最初からそう言えば良かったのに。」
そしてリンの母親が女王を抱きしめた。
「さあクイン手伝って。」
「ええ、いいわ。」
クイン様とリンの母親が微笑みあった時、城からドゴーンという音がして城が揺れた。何事だと言う間もなく叫び声と共にある人物が現れた。
「リーーーン!」
サズだ。どうしてここに?リンを追って?
「リンやっぱり愛してる!番になって!」
リンはまだ兵士に掴まれている。それを見たサズの表情が変わった。
「ねぇ、リン助けてあげるから番になって。」
「いや。」
リンが冷たく呟く。その場にいた全員が何が起こっているのか何も分かっていないようだ。
「そんな状況でも僕を拒否するの?」
リンは冷たい表情でサズを見ている。
「ねぇ、お金もたくさんあるよ。」
「いや。」
「美味しいものたくさんあるよ。」
「いや。」
「今すぐにその兵士を倒してあげるよ。」
「いや。」
「うう、じゃあじゃあ番になってくれないならここにいる全員殺すよ。殺されたくなかったら番になってよぉ。うう。」
とうとうサズは泣き出しとんでもない事を口走り始めた。
「きゅん。」
きゅん?今のはリンか?その場にいた全員が一斉にリンを見た。今までに見たことが無い乙女の顔をしている。
「ねえーえ、何とか言ってよぉ。うわぁーん。」
サズの整った顔が泣いてぐしゃぐしゃになっている。
「きゅんきゅん。」
リンはいよいよ言葉を話せなくなったのか?目がハートになっている気がする。まさか?
「ねーえ、リンお願い番になってよぉ。」
サズが駄々っ子のようにリンに上目遣いで言う。
「んふ、いいよ。」
「やったぁ!」
「「えぇえええええ。」」
「じゃあリン行こうか!」
サズは突進しリンを掴んでいた兵士を吹っ飛ばした。もう何が起こったのか全く分からない。サズは軽々とリンをお姫様抱っこして嬉しそうにリンに微笑んでいる。リンはサズの涙を手で拭ってあげている。
「クイン?これは一体?」
「私に聞かないで、全く分からないから。」
リンの両親は狼狽えてクイン様にしがみついた。この状況でも魔王様はニコニコとしている。女王と研究員は開いた口が塞がらない。
「と、とにかく私達は薬を作るわよ。研究所に全て用意してあるの。」
「分かったわ。あなたあの子をよろしく。」
クイン様と母親は転移してしまった。サズは未だにリンを下ろさずに頬ずりしたりおでこにキスをしたりしている。
「ウルフ君、彼は?」
リンの父親が消え入りそうな声で言う。
「いや、俺にもさっぱり。」
「そっかぁ。へぇ。」
なんだか痩けた?やっとサズがこちらに歩いてきたので話しかける。
「リン本当に番になるのか?」
「うん、なんか泣いてる姿が可愛くて。良いかなって。」
「んふ、ありがとう。リン。」
良いかなって。番ってそんな簡単になるものなのか?人間って分からない。2人は既にとても仲が良い。
「僕いつから教育を間違えたのかな?」
「まあまあ若いからね。」
完全に魔王様は面白がっている。そこに2人が帰ってきた。
「ラナほらこれよ。これがなんでも治し。」
クイン様が瓶に入った紫の液体を女王に渡す。リンの母親がレシピを渡している。
「これを2人で?」
研究員が驚きながらレシピを読んでいる。
「ええ、本当に命懸けなの。だからレシピを渡しても作れる薬師は限られているわ。」
「ええ。私には作れるかどうか……。」
「さあじゃあ帰るわね。」
「姉様!ありがとうございます!あの……また会いにきていただけませんか?」
「ええ、良いわよ。」
リンの両親は優しく微笑んだ。リンの首根っこを掴みながら。
「リン、1度家に帰るわよ。あなたもいらっしゃい。」
そしてリンとリンの両親、サズは転移して消えてしまった。
「じゃあ私達も帰りましょう。」
クイン様の魔法で魔王城に帰ってきた。
「ウルフこれを。」
魔王城に着くとすぐにクイン様に先程の瓶と同じものを頂いた。
「これは。」
「ええ、そうよ。妹さんに。」
「ありがとうございます。」
クイン様に深くお辞儀をして故郷の村へ転移した。