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二章 哀しき花魁の恋物語

──

登場人物


◎小梅


吉原の遊女で、花魁の中でも最高級の呼出し。美しい美貌と知恵、聖母のような深い優しさを持つ。


◎若旦那


小梅の間夫。利発で、小梅に引けをとらないとような美しさを持つ。


用語


遊女(ゆうじょ)


遊郭などで男性に性的サービスをする女性。別名娼婦(しょうふ)売女(ばいた)女郎(じょろう)などともいう。大体は、親の借金か誘拐されて売られて来ている。


花魁(おいらん)


遊女のトップに君臨する女性のこと。上から、呼出し(よびだし)、昼三(ちゅうさん)、付廻し(つけまわし)という三つの階級に別れている。


禿(かむろ)


見習い遊女。花魁の世話などをしながら、手習いをして生活する。


遣手(やりて)


遊女の管理、教育をする年老いた老婆。


遊郭(ゆうかく)


遊女を扱う所。妓楼(ぎろう)ともいう。


吉原(よしわら)


政府公認の遊郭。


岡場所(おかばしょ)


政府非公認の遊郭。


水揚げ(みずあげ)


初めて、遊女としてお客を取ること。


間夫(まぶ)


遊女たちの本命であるお客。


鳥屋(とや)


病気の遊女がいるところ。


◎足抜け(あしぬけ)


年期の開けていない遊女が吉原から逃げ出すこと。これは吉原では禁忌とされていて、足抜けをした遊女は厳しい折檻をされて、最悪の場合死に至った。


───



 主様は、遊女という言葉を聞いたことがござりんすか?吉原という御國が定められた場所や、岡場所という非公認の遊郭…狭いかごの中で、体を売って暮らす憐れな人間たちのことでありんす。


 親が借金を背負っただとか、売られたとかでここにくるのが大半で、生きるために必死になって働く人間のことでござりんす。


 わっちは、その遊郭…しかも吉原の中でもトップに君臨する花魁としてなを馳せているものでござりんす。


 遊女の上である花魁は、あまり客をとらずに希少価値をあげるものであるため、最近ではあまりお客はとっていないでありんす。


 あら、馴染みの主様。今日はわっちのお話を聞きにきたのでござりんすか?それなら、今日はとっておきのお話を教えていたしんしょう。これは私の前の花魁である、小梅姐様の物語でありんす。


────


 小梅姐様は、美しい容姿を持っていて、誰にでも優しい完璧で、呼出しという花魁の中でも最も高い位を持つお方でありんした。ダメな禿であるわっちにでさえも優しく接してくださった小梅姐様はわっち…いやすべての遊女の憧れでござりんした。


 そんな小梅姐様には、間夫となる若旦那がおいでなんした。その方は小梅姐様に惚れていて、小梅姐様のためならなんでもするといったお方でありんした。


 小梅姐様は、そんな純粋な心を持った若旦那を心からお慕いになられていたらしいのでありんす。わっちも若旦那と小梅姐様が床入りする前のちょっとした時間にお話をしたことがござりんすが、若旦那とお話しする小梅姐姐さまはとても楽しそうでありんした。


 けど、ここは吉原。本物の愛など存在いたしやせん。ここで交わされる男女の契りは、所詮は偽りの恋愛にすぎやせん。それはここに良く通ってくれる主様も良くわかっているでありんしょう。


 もし仮にその遊女とお客が好きあっていたとしても、遊女はその一筋の恋…ただ一人を思う事はできやせん。だって、遊女は男性に色と愛を与える存在でありんす。どんなに二人が愛し合っていようと、遊女という存在とその価値は変わる事がないのでござりんす。


 ですが小梅姐様は、その若旦那に本物の愛を求めてしまったのでありんす。小梅姐様は、次第に若旦那以外のお客に対しての態度が日に日に悪くなっていってしまったのでござりんす。以前からあった、優しさや知恵はまだ健在でありんしたが、簡単に体の関係を許さなくなり、そのことはとうとうこの遊郭の遊女を管理する 遣手(おばばさま)に知られてしまったのでござりんす。


 おばばさまは、当然この事を知って怒り狂いやした。だって、わっちたちは遊女。ある程度の意地とプライドをもって仕事に励んでいるのに、その仕事に手を抜き始めるだなんて言語道断でござりんす。


 それでも小梅姐様は、仕事の態度を改めようとはしやせんでした。きっと、彼女もただ一人好いた存在である若旦那以外とは体を重ねることは嫌だったのでありんしょう。けれど、遊女は身を売ってなんぼのもの。かつての花魁であった小梅姐様に言うのもなんですが、わっちの目にとっては少し愚かに見えんした。


 だって、わっち達遊女はかごの中の鳥。美しい羽を持っていても、それは所詮ただの飾りに過ぎんせん。かごの中で吉原の遊女という命を終えて、またただ一人の町娘という新たな命をもらえるまで、自由などありんせんから。おっと、話がズレてしまいんした。これは失礼。それじゃあ、小梅姐様のお話に戻るといたしんしょう。


 小梅姐様はおばばさまに何度折檻をされようが、絶対にお客に対する態度をかえませんした。むしろ、おばばさまに折檻される度にその気持ちは増していったようで、頑なに抵抗していんした。


 それに対して、おばばさまは売れっ子の遊女である小梅姐様の態度や価値が低下していることについて焦り始めていんした。今まで小梅姐様が落としてきた利益は莫大なもの。今ここで小梅姐様を手放しでもしたら一気に遊郭の価値がさがってしまいやす。けど、今の反抗的な態度ばかりとり続ける小梅姐様がいてもほとんど遊郭に意味はありんせん。


 そこで、おばばさまは遊郭になるべく損を出さないようにして、もう一度小梅姐様に働いてもらうために若旦那を吉原から出禁にすることにしたのでありんす。結局、すぐに若旦那は吉原にはいることは出来なくなってしまいんした。


 その事をあとから知った小梅姐様はみるみるうちに痩せこけていきやした。それはそれは、もう全盛期の頃の影が全く見えないほどに。そして、運の悪いことに小梅姐様は梅毒に侵されてしまいんした。


 馴染みの客の中に、どこでもらってきたのか梅毒を持っている人物がいたのです。鳥屋に連れていかれて、それっきりわっちはもう小梅姐様にはお会いしておりんせん。風の噂によると、そのままなくなっただとか、その若旦那と共に足抜けをして心中したとか…


 もう、小梅姐様に対する真実をするすべはありんせんが、今のわっちの中にはもう一度小梅姐様に会いたいという気持ちだけが深く残っているのでありんす。

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