幼なじみを描いてみよう
「……亜希ちゃんって、何か習ってるの?」
「空手部入ってる」
「なるほど、いいケリしてるわけだ」
2人で床に転がりながら、先ほどの反省を口にする。
必死の説得により『妹のパンティーを盗んだ変態』の誤解だけは解けた。
説得の途中でちょっと漏れてしまったが、いいケリだったので仕方がない。
おかげで妹も止まってくれたし。
ただ、今度は『男2人で部屋にこもってパンティーを描いたりかぶってる変態たち』と思われるようになってしまった。
親友はそうかもしれないが、僕は違う。
ただ絵を描きたかっただけだ。
「そういえば絵は?」
「殴られた時にうっかり消してしまった」
結構自信作だったし、どんな出来なのか確認したかったところ。
まあ、コツはつかんだし、また描けばいい。
「もう一度パンティーを描いたほうがいいのかな?」
「いや、どうせならもう一ランク上を目指したほうがいいだろう」
「例えば?」
「実際の女体とか」
いきなりハードルが上がった気がする。
でも、理想の彼女を実現するためには、女体の構造を知らないといけない。
学ぶことは多くある。
「そうは言っても、相手がいないんだけど」
妹に頼んだら、また漏らされてしまう。
兄としての威厳を保つために、これ以上の醜態をさらしたくない。
そもそも、あの妹だと学べるほどの女体感がない。
「町田さんなんかどうよ?」
「加恋か」
学年でもトップクラスの女体感。
気心が知れているし、ちょうどいい相手かもしれない。
「いろいろあってパンツ汚れちゃったし、俺は家に帰るわ」
「そのパンティーははかないのか?」
「いや、これ女性用の下着だし」
まさかの常識発言。
それがわかっているのに、なぜ頭にかぶるのはセーフなのか。
「じゃあ、がんばれよ!」
「いろいろありがとう」
親友と別れる。
さて、早速連絡を取ろう。
メールするより電話のほうが早いかな。
『……もしもし、角男くん?』
3コールくらいで出てくれた。
「うん、今って暇?」
『えっ? 暇といえば暇だけど……』
「じゃあ、今から僕の部屋に来れない?」
『えっ!? それって、どういう意味で……』
「大丈夫、加恋は何もしなくてもいいから。全部僕に任せて」
『ま、マグロでもいいと!?』
「うん? まあ、ホントは食べ物もやりたいけど」
『食べられちゃうの!?』
「試してみないとわからないんだけどね。それより、今は加恋でやりたい」
『や、ヤリた……っ!!?』
「うまくできたら、ちゃんと外に出すから」
『外出し!?』
「それで、来れそう?」
『……』
あれ?
反応がこない。
電波状況が悪いのかな?
「もしもーし?」
『その……急にそんなこと言われても、心の準備が……』
「そうかもしれないけど、加恋以外に頼める人もいなくてさ。妹に頼んだら激怒するだろうし」
『妹ちゃんに頼んじゃうの!? 血のつながった実の妹だよね!?』
「え? それって関係ある?」
『あ、愛があれば大丈夫かもしれないけど……』
「別に愛はいらないけど」
『体だけの関係!?』
「まあ、体が目的だね」
『そ、そういうのはよくないと思います!』
「え? ダメなの?」
『ダメっていうか……だって、そんなただれた関係なんて……』
「?」
タダだとやりたくないってことかな?
それもそうか。
頼みごとをしているのはこちらだし、何か報酬を用意しないと。
「わかったよ。たっぷり出すから」
『たっぷり!?』
「僕の力でがんばれる限りだけど」
『がんばっちゃうの?!』
「うん、だから頼むよ。僕には加恋しかいないんだ」
『……』
「ダメ?」
『その、えっと……ダメじゃないんだけど、心の準備とか、いろいろと必要だから……』
「よかった! 待ってるよ!」
電話を切る。
いつもは大人しいのに、今日はなんかテンション高かった。
何かいいことでもあったのかな?
加恋が来る前に準備しよう。
ピンポーン。
来た来た。
玄関まで行って出迎える。
「お、お待たせしました……」
妙におめかしした加恋が立っていた。
「あれ? もしかして、どこか出かけるつもりだった?」
「そうじゃないけど……」
家がすぐ隣だから、僕だったらジャージで移動する距離。
こういうところはしっかりしている。
「時間もずいぶんかかったけど、ここに来ても大丈夫だった? 用事があるなら暇な時でもいいし」
「ううん、大丈夫! ただ、お風呂入ったり、選んだりするのに時間がかかっただけだから……」
絵のモデルをするために、しっかりと整えてきてくれたようだ。
別にいつもの服装でもよかったんだけど、その気持ちはうれしい。
「上がってよ」
「う、うん……」
なんだか動きがぎこちないし、顔も赤い。
「熱でもある?」
「だ、大丈夫! 大丈夫だから!」
ぱたぱたと手を振る。
「ホントに大丈夫?」
「うん!」
まあ、じっとしているだけだし、大丈夫かな?
部屋まで連れていく。
「じゃあ、その辺りに座ってて」
「は、はい……」
いったん部屋を出る。
用意しておいた報酬を手に取り、すぐに戻ってくる。
「こちらをどうぞお納めください」
「えっ?」
冷蔵庫にあったちょっと豪華なプリン。
たぶん妹のやつ。
すぐに来ると思っていたから、買いに行けなかった。
あとで買い直しとけば大丈夫だろう。
「あと、飲み物が特になかったので、これで勘弁してください」
「!?」
マムシ入りの栄養ドリンク。
徹夜でゲームする時の必需品。
ここぞの時のために取っておいたモノだ。
「今日は寝かさない的な!?」
「あー、うん。普通に座っていてもらおうかと」
「座位体勢!?」
「動けないのはきついかもしれないけど」
「まさかの拘束プレイ!?」
「うん、そうなるね」
そこまで早く描けないので、どうしてもその時間を拘束してしまう。
そのための貢物も用意したわけだし。
「じゃあ、さっそく始めようか」
「え? も、もう!?」
「時間が惜しいからね」
「そんなにたっぷりやるつもりなの!?」
「それは内容次第かな。少しは慣れてきたとはいえ、まだまだ勉強中だし」
「もうすでに何度もやってるの!?」
「うん、昨日もこの部屋で一日中」
「一日中!? 誰とそんなことを!?」
「誰って……宇蔵と」
「宇蔵……御木手塚くん!? 男同士で!!?!」
目が飛び出そうなほど驚いた表情をする。
クラスが違うから、絵が上手いことを知らないらしい。
「あいつ結構上手いんだよ」
「実戦の感想!?」
「ゴリラとかだったけど」
「人を通り越して野獣!?」
「あとウナギ」
「ぬるぬる異物混入!?」
急にゴリラやウナギと言われて、混乱しているようだ。
いきなりアレが出てきた時は、僕も似たような反応だった。
「始めるからじっとしててね」
「えっ!? や、その……激しいのに興味がないわけじゃないけど、できれば、最初は普通に優しくしてほしいというか……」
ペンタブレットをつかんで、絵を描き始める。
まずは胸からだよね。
今後の成長を期待して、Oカップくらいまで盛っておこう。
「……何してるの?」
「何って……絵を描いてるんだけど」
「えっ?」
「そう、絵」
「……えっ?」
口を開いたままポカーンとする。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「一言も聞いてないよ!?」
「そうだっけ?」
伝えたつもりだったけど、うまく伝わっていなかったようだ。
「あれ? だとすると、何すると思ってたの?」
「そ、それは……」
顔を赤くしてうつむいてしまう。
何か勘違いしてたのかな?
協力してくれるなら、どんな理由でもいいんだけど。
「……」
どうしてこうなった。
どこかで見たような絵が映し出されている。
僕の才能は、限られた日数だけを繰り返しているのだろうか?
少しは上手くなったと思ったのに、全然変わっていなかった。
「描けたの?」
「い、いや……」
あわてて画面を隠す。
これを召喚したら、また『ギィェエエエエ』とか言い出すに違いない。
あんな衝撃映像を見せるわけにはいかないし、これはなかったことにしよう。
保存をせずにキャンバスを閉じる。
「……」
何が悪かったんだろう。
パンティーの時の手ごたえがない。
あの股間から突き上がるような情熱が……。
アッオー!
親友からメッセージが届く。
『ゲーム内で天使に出会った! マジ天使! ゴリラじゃなかったよ!』とか、どうでもいい内容。
無視してもいいんだが、助言をもらうチャンスかもしれない。
こちらから電話をかける。
『どうした?』
「今、加恋を描いているんだけど、うまくいかないんだ」
『どんな状況で描いてる?』
「普通にイスに座ってもらって」
『脱がしたか?』
「えっ?」
『脱がさないと』
「……なるほど」
その発想はなかった。
さすがは親友だ。
「ありがとう、描ける気がしてきたよ」
『あとで報告頼むぜ』
いいアドバイスがもらえたし、加恋に向き直る。
「脱いで」
「……えっ?」
「わかったんだよ。ボクに必要なのは肌色だったんだよ」
ただの服を描いていたって、絵なんて上手くなるわけがない。
下着……もしくは、裸こそが上達の秘訣に違いない。
「そ、そんなこと急に言われても、心の準備が……」
「別に恥ずかしがることはないでしょ? 小さい頃は一緒に風呂にも入っていたんだし」
「ずっと小さい頃の話だからね!?」
「服がシワになるといけないから、このハンガーを使うといい」
「だから、その……」
「さあ、貸して」
「せ、せめて、部屋を暗く……」
「そんなことしたら見えないじゃないか。ライトアップして細部までしっかり見ないと」
「それはさすがに恥ずかしいよ!?」
「すぐ慣れるから大丈夫だって」
「だ、ダメ……!」
ドゴォ!
蹴破られるドア。
「クソ兄貴! あたしのプリン食べたでしょ!」
妹が入ってきた。
「だから、ノックしてくれと言ったじゃないか。ドアが壊れてしまうよ」
「……何……やってるの?」
「?」
何って……。
妹の視線を追う。
服を脱がそうとしている僕。
乱れた姿で抵抗している加恋。
……あっ。
「違うんだ、妹よ。落ち着いて聞いてほしい。決してやましいことをしようとしていたわけではない。芸術のためにどうしても必要な……」
ドゴォオオオ!!