創作おとぎ話「青薔薇の冠姫」
昔々の物語。北西の、風と鷲を祀る国でのお話です。
田舎の村に、サンドリヨンという、美しく、働き者ながらも、親の優しさに恵まれない娘がおりました。
彼女は拾われた子で、最初は大事にされましたが、本物の娘が生まれると邪魔者扱いです。
彼女は朝から晩まで家の仕事をし、父親や母親の仕事もし、時に畑を耕しながら、いつもこう思っています。いつか広い世界へ行こう。
血が繋がらないのに慕ってくれる妹を幸せにした後に、自由と新しい人生を手に入れるのだ。
ある黄昏時のこと、大鷲を肩に乗せた青年が、サンドリヨンの前に現れました。井戸から家へ、水を運んでいた時の事です。
「どれ、重たそうだ。私が持とう」
そう言うと、青年はサンドリヨンを助けてくれました。清潔感のある服装。それも、上等な素材。スラリとした、細くて日焼けしていない腕。仕草や声色。サンドリヨンは、目の前の青年が決して身分の低い者ではないと、見抜きました。
「ありがとうございます。それでしたら、先を行く妹を助けてくださると、とても嬉しいです」
みっともない、灰色のボロボロドレスだからといって、それに見合う会釈などしてはならない。サンドリヨンは精一杯、優雅に、それこそ貴族令嬢に見えるような会釈を心掛けました。
勿論、完璧にという訳にはいきません。他人から見たら、ぎこちないイマイチな動きかもしれません。それでも、真心込めて、会釈をします。
「ああ、あの大通りを歩いていた子だろう。優しい誰かが、手を差し伸べていた。君は彼女の周りに人が集まるようにしただろう? それで、自分は裏道を歩く」
青年は、サンドリヨンの手から水瓶をそっと奪いました。彼が歩き出したので、サンドリヨンもついていきます。
「妹はまだ幼く、本当ならば家に居て欲しいのです。暖かな暖炉の前で、美味しい紅茶を飲み、本を読んだり出来ます。それなのに、私の荷物を半分持ってくれると言うのです」
「君達はそういう姉妹。少しばかり、高いところから見ていたよ。褒美をやろう」
サンドリヨンの家の前までくると、彼はそう口にしました。次の瞬間、渦巻くような風が吹き荒れ、青年の姿は消えてしまいました。
残されたのは、頭に乗せると痛そうな、枯れたいばらで作られた冠です。
サンドリヨンは、いばらの冠を拾い上げました。刺を避けて、そっと持ち上げます。
「一体、どこのどなたでしょう? 手伝ってくれた上に、冠なんて立派な装飾品をくださるなんて親切な方」
そう呟いた時、サンドリヨンの手の中で、枯れたいばらは瑞々しい若草色に変化し、次々と青い薔薇を咲かせました。おまけに、棘は消えています。
「まあ、なんて不思議な冠。綺麗……」
驚いたサンドリヨンは、腕に青薔薇の冠を掛け、再び井戸水を入れた桶を両手で持ち上げました。
「妹のアリスに贈ったら喜ぶわ」
自宅に戻ると、サンドリヨンを待っていたのは夕食の準備、それから父親が書きかけで放り投げた書類の作成。窓の修繕もありますし、寝る前には暖炉の掃除もします。
青薔薇の冠は、階段下のサンドリヨンの部屋、そこにある小さな荷物入れに仕舞われました。
「お姉様、暖炉の掃除を手伝います」
「まあ、アリス。灰被りになってしまうわ。それよりも、明日の学校に備えて……」
口にしかけて、サンドリヨンは思い出しました。
「そうだったわ。親切な方に、素敵な冠を恵んでいただいたの」
サンドリヨンは妹と手を繋ぎ、部屋へと向かいました。
「はあ……お姉様。いつまでもこんな部屋で……。ごめんなさい。お父様やお母様に頼んでも無駄なのです」
「何故謝るの? それに、拾ってもらって、何不自由なく育てていただいているのよ。自分の部屋まである」
「お姉様っていつもそう。まあ、私、絶対にお金持ちを捕まえて、お姉様を引き取るわ!」
「あなたはいつも優しいわねアリス。蜘蛛が苦手な私の為に、この部屋の掃除もしてくれたでしょう」
サンドリヨンはアリスを褒め称え、頭を撫で、額にキスをしました。
そうしてから、サンドリヨンは荷物入れの箱を開きました。青薔薇の冠を手に取って、アリスの頭に乗せようとしました。
けれども、荷物入れの中で、青薔薇の冠はいばらの冠に戻っていました。
「素敵な冠? いばらの冠をもらったなんて、嫌がらせよお姉様」
「まさか、この冠は……」
青い薔薇が咲いたなんて幻覚だったのかしら? とサンドリヨンは続きの言葉を変えました。
「冠なんて高級品よ。嫌がらせなんて、とんでもないわ」
「冠といえば、花を摘んで、冠を作りました。お姉様はそちらを使って下さい。私はその冠を使うわ。明日はお祭りですもの。飾らないと。花の冠は、お姉様に絶対に似合うわ」
アリスが話している時、サンドリヨンはそろそろと手を伸ばし、いばらの冠に触れました。
サンドリヨンの手の中で、青薔薇の冠が輝きを放ちます。
「まあ……」
驚く妹の頭に、サンドリヨンは青薔薇の冠を乗せました。
「とても素敵よ。私の冠はアリスが作ってくれたので、この冠は貴女用ね」
「まさか。このような冠だったなんて! 魔法の冠⁈ 是非お姉様が使って下さい」
アリスが冠を取ろうとするので、サンドリヨンは手で押さえて阻止しました。
「いいえ、この冠を使うって選んだのは貴女よ。着飾って素敵な方に見初められてね。私は旅に出てみたいの」
「またそのお話しですか? 私が結婚したら、お姉様は私と暮らして欲しいです」
「お父様とお母様が許すわけないじゃない。アリスが結婚したら、安心して家を出られるわ。さあさあ早く寝て、明日のお祭りを楽しみましょう」
そうして、サンドリヨンは部屋からアリスを追い出しました。
翌朝、アリスはサンドリヨンの元へ、いばらの冠を持ってきました。
「昨夜、頭からおろしたらこのように戻っていました」
「本当に不思議な冠ね」
サンドリヨンが触れると、いばらの冠はまた青い薔薇の冠になりました。良かった、とアリスの頭の上に飾ります。
「この冠、まるでお姉様だけの冠のようだわ。是非使って下さい」
「それでしたら、私が手を離した瞬間にいばらの冠だわ。さあさあ、髪を結って、お化粧をして、ドレスに着替えましょう」
「でもお姉様……」
「歌って踊る、一年に一度、春の訪れを祝う日よ! 楽しまないと!」
早く早く、とサンドリヨンはアリスの支度をして、送り出そうとしました。
自分も夜までには仕事を片付けて、アリスと合流しようと考えています。
すると、継母はこう言いました。
「私の娘はこんなにも美しい。城下街に出て、街で行われるお祭りに参加しましょう。歌のコンテストがあり、王子様や貴族も観覧するの。サンドリヨン、後ろで歌いなさい。あなた、歌だけは上手いからね」
「はい、お義母様。けれどもアリスも歌は上手いです」
バシン、と大きな音が響きます。義母はサンドリヨンの頬を叩きました。
「お黙り。言われた通りにするのが貴女の仕事です。家から追い出すわよ。娘を馬鹿にするような顔をするなんて、なんて自意識過剰な娘! あなたはみすぼらしいですから、コンテストになんて出せませんよ」
「はい、お義母様」
アリスは憤慨しました。姉と共に、村のお祭りを楽しむつもりだったのに。娘は見た目は良くても歌は上手くないと言っているのと同意義で、娘を馬鹿にしているのは自分の方だ。大体、姉は美しい! 煤や灰まみれにしている張本人のくせに、と怒り心頭です。
けれども、母親の機嫌を損ねると、両親は揃ってサンドリヨンを虐めると分かっています。だから、アリスは大人しく従うことにしました。
こうなったら、姉の言う通り、自分はさっさと結婚しよう。城下街へ行くなら、うんと身分の高い方に見初められて、姉ごと引き取ってもらう。
そんな風にアリスが決意を決めた隣で、サンドリヨンはヘソクリを持って行こう。アリスに似合う色の口紅を買わねばと考えました。
馬車に乗って、城下街まで行くと、両親は早速アリスを歌のコンテスト会場へ連れて行きました。
なんと美しい、とアリスの容姿と青薔薇の冠は人目を惹きます。
選曲は国に伝わる祈りの歌。コンテストの出場者の多くの娘と同じです。その分、声の美麗さと歌の上手さは際立ちました。
歌い終わると拍手喝采。これならアリスに沢山の縁談が舞い込むぞ、と両親は大喜びです。
突然、一人の男が叫びました。
「あれは王家の冠、盗品だ!」
慌てたのはサンドリヨンです。舞台裏から移動して、アリスの隣に立ちました。青薔薇の冠をアリスの頭から取ります。
「親切な方が恵んで下さいました。けれども、盗品ならばお返しします。王家の冠ならば、それでも許されないでしょう。冠を受け取った私を牢屋へお連れ下さい」
両膝をつき、こうべを垂れ、青薔薇の冠を前へと差し出します。
すると突然雨が降りました。なんと、その雨は魚や貝、海藻です。
驚いたサンドリヨンとアリスは舞台の上で抱き締め合いました。
奇妙な雨は一瞬でした。サンドリヨンの手から離れた冠は、いばらの冠になっています。
その隣には、いつの間にか角が沢山ある蛇が並んでいました。成人男性と同じくらいの大きさの立派な蛇です。
「青薔薇の冠は姫のものである」
蛇はそう叫ぶと、シュルシュルと去ってしまいました。
「不思議な冠の次は、喋る蛇だなんて、不思議は続くのね」
サンドリヨンはいばらの冠を拾い、もう一度両膝をついて、青薔薇の冠を掲げ、頭を下げました。
「お姫様の冠だとは、夢にも思わずすみません。お返しします」
すると、男が叫びました。
「あれは隣の国の冠だ! 我が国の青薔薇の冠は友好の証として作られた模造品。しかし隣国の冠は、姫君以外にはいばらの冠で、姫君が触れると青薔薇を咲かせる奇跡の冠だという! 隣国の姫君は生まれてまもなく、嵐の日に倒れた馬車から消えてしまった!」
叫んだ男は王様でした。サンドリヨンは慌ててアリスの頭に青薔薇の冠を乗せました。それからこう叫びました。
「まさか。私の妹が姫君だなんて、信じられません」
こうしてサンドリヨンとアリス、それから両親はお城へ連れて行かれました。
お城の宝物庫に青薔薇の冠があると確認され、泥棒疑惑は解消です。
「いばらに青薔薇を咲かせ、恵の雨を降らすのは、隣国の亡くなった前王妃様と同じだ」
「国王陛下、姉は父と母の娘ではありません。川から流れてきたカゴに入っていたそうです」
「それは逆です国王陛下。このように、青薔薇の冠は妹の頭上で輝いています」
「そうでございます。下の娘は私達の娘ではありません。しかし、手塩にかけて育てました」
アリスは両親の嘘に憤慨しました。娘の為というよりも、自分達の為だからです。アリスは姉のサンドリヨンに対しても怒りました。
「お姉様! 私の為に嘘をつくのはおやめください。一度私の頭から離れると、私が触れても青薔薇の冠にはなりません! 嘘だとすぐに知られます!」
そう言うとアリスは一度テーブルに青薔薇の冠を置きました。いばらの冠に戻ると、アリスは冠にそっと触れました。いばらの冠は、いばらの冠のままです。
サンドリヨンはアリスに睨まれ、渋々嫌々いばらの冠に触れました。いばらの冠は青薔薇の冠に変わり始めます。
「国王陛下、こちらが真実です」
アリスが告げたその時です。青薔薇の冠に変わっていくいばらの冠の刺が、勢い良く飛びました。
その刺は、両親の片目に突き刺さりました。父親は右目、母親は左目です。
「お父様、お母様!」
「酷いことをしたばかりだったから、バチが当たったのでしょう。これこそこの冠が姉のサンドリヨンの為の物という証です」
「それよりも、早くお医者様の元へ連れて……」
「では国王陛下、両親の娘である私も牢へ行きます」
「それなら私も一緒に牢へ行きます」
サンドリヨンと両親の間に、鷲の頭をした蛇が現れました。人差し指程の、小さな蛇です。
「青薔薇の冠は姫を守る。姫は嘘つき。相手の為にと、直ぐに優しい嘘をつく。青薔薇の冠は真実の美の証。姫に青薔薇を飾られるものは幸せになれる!」
蛇はそう叫ぶと、シュルシュルと去ってしまいました。
国王の命令で、両親は衛兵に連れて行かれました。
「真実の美とは、彼女の献身と姉妹愛でしょう。父上、私はこのような娘と結婚したいです」
こうしてアリスは王子様と結婚する事になりました。
一方サンドリヨンは王妃にドレスに着替えさせられて、髪を結われ、化粧もされて、隣国へ連れて行かれました。
サンドリヨンの本当の名前はレティアでした。隣国の前お妃様とそっくりな容姿に、青薔薇の冠がその証拠。
レティアは前王妃、彼女の祖母とそっくりで、隣国の国王と王妃もすぐに彼女が娘だと分かりました。
死んだと思っていた一人娘の帰国に、隣国の王様やお妃様は大喜びです。勿論、国中の人々もお祝いしました。
お祝いの日に、レティア姫が青薔薇の冠を頭に飾ると、恵の雨が降りました。国中の人々はますます喜びます。
こうして、青薔薇の冠姫のいる国と、その隣の国は以前よりも交流が増えて、栄えました。
やがて青薔薇の冠姫は、後継者として育てられていた養子の王子様と恋仲になり、家族仲良く、幸せに暮らしました。
旅に出るつもりだったのにお姫様だったなんて不思議。と言うと、王子様はレティア姫を連れて旅行に連れて行ってくれました。それが新婚旅行の始まりだと言われています。
連載作
「逃げる女好き王子と巻き込まれた男爵令嬢」
その後の世界(連載 風詠と蟲姫)に残るおとぎ話として作りました。下地はシンデレラです。