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 使い鳩を飛ばしてから、待つこと半刻弱。

 早速師匠の返答を携えた鳩が、私の工房に到着した。


「……早いにゃ」

「きっと暇なんですよ。放っておくと、興味のない仕事は全部断ってしまうような人なので」


 そしてお金が底をつき、飢餓生活へと緩やかに突入するのが師匠のお決まりパターンだった。私が師匠の工房にいた頃は、そうならないよう仕事は全て受けさせていたものだけれど。

 予想を上回る返信の速さに、内心私はヒヤリとする。独り立ち後も週に1度は師の工房に顔を出すようにしていたけれど、最近は忙しくて足が遠のいていた。そろそろ様子を見に行かなければ、まずいかもしれない。


 しかし今は、師よりも遥かに優先されるべき問題が目の前にいる。

 健気な弟子心にそっと蓋を閉じて、私は師匠からの手紙を開いた。

 

『なかなか愉快な話題をありがとう。専門外の君が呪いの相談を引き受けたということは、被害者はきっと君の近しい人物なのでしょう。詳細について記載がありませんが、これはわざとでしょうか。そうならば、この呪いが口外できないような類のものであるとも予想できます。誰が、どんなおぞましい呪いにかかったのか。非常に興味を唆られますね』


 序盤から妙に鋭い推理が展開されていた。全てを見透かされているような気がして、背筋が凍る。

 隣で手紙を覗き込んでいたオルベルトは顔を顰める。彼は、昔から私の師が大の苦手なのだ。


『まあ、せっかく可愛い弟子が私を頼ってくれたので、今回は師匠らしく呪いの対処法について綴っていきたいと思います。下記を参考にして、頑張ってください。


1、呪いの術者に解かせる、あるいは術者を殺す(殺すと悪化することもあるから注意)

2、呪術の専門家に解呪を依頼する(失敗すると悪化することもあるから注意)

3、呪いがいつか消えるのを待つ(消えることも稀にある)

4、呪いを受け入れる(辛くなければ呪いじゃない)

5、白馬の王子様、もしくは美しい姫君にキスしてもらう(いたらね)


 以上です。オルベルト君にもよろしくお伝えください』


 末文を素早く手で隠して、私はもう一度手紙を読み直す。


 見事に有益な情報が1つもなかった。それでいて、こちらをおちょくってやろうという迷惑な遊び心だけが短い文章の中にちらちらと見える。


 それでも健気な弟子の私は、師から得た情報を1つ1つ吟味した。師匠に相談しようなんて言ったの私だし。


 まず、1の“呪いの術者に解かせる、あるいは術者を殺す”。これは最も現実的な解決策だけど、オルベルトが既に試して失敗している。にゃんという語尾のために殺人を犯すわけにもいかないので、とりあえず保留にしておきたい方法だ。


 2の“呪術の専門家に解呪を依頼する”はかなり穏便な方法になるけれど、そもそもその専門家がどこ存在するのかが分からない。大々的に探すわけにも行かないし、こちらもやはり現状保留だ。


 3の“呪いがいつか消えるのを待つ”に至っては、「へ〜、呪いって自然に消えることもあるんだ」という感想しか生まれなかった。それに、いつかにゃんが消える日を待って耐え忍べとオルベルトに言い放てる残酷さを、私は持ち合わせていない。


 4の“呪いを受け入れる”は最早解決策でもなんでもない。「辛くなければ呪いじゃない」ってなんだそりゃ。呪いを受け入れて強く生きろ、ということだろうか。仮にオルベルトがにゃん言葉を受け入れたとしても、きっと周囲の人間が辛い思いをすることになるので、やはりこの理論は通用しない。


 師匠からの手紙を眺めながら、私は深く深くため息をついた。

 だめ元で師を頼ってみたけれど、虚しい気持ちになっただけだった。


「最後の部分、何か書いてあるようだが、にゃん」

「いつもの軽口が書いてあるだけですよ。残念ながら、この手紙に役に立ちそうな情報はないようですね」


 隣で手紙を読んでいたオルベルトが、目敏く隠された末文に目を留めた。さりげなく私は手紙を裏返して、折り畳むふりをする。


 そこで、便箋の裏側に何か文字が羅列しているのが目に入った。どうしてか目立たぬ位置に薄く書かれているが、師匠の文字だった。


『忘れていました。呪術に詳しい知人がいるので、連絡先を書いておきます。呪術に詳しいという時点で人間性はお察しですが、にっちもさっちもいかなくなった場合には彼を頼るといいでしょう。私が直接連絡すると恐らく相談に乗ってもらえなくなるので、自分で連絡してみて下さい。彼が生きているか、この連絡先がまだ存在するのかも分かりませんが、あしからず』

 

 予想以上に重要な情報だった。

 表の駄文は丸々いらないから、これだけ書いてくれれば良かったのに。こういうことをするから、師匠は師匠なのだけれど。


「オルベルト、呪術の専門家がいるそうですよ! 専門家なら、解呪できるかも」

「そ、そうか、にゃん。そうだといいのだがにゃ」


 師匠への不信感ゆえか、人間性はお察しという余計なコメントのせいか、オルベルトはまだ不安そうに手紙を覗き込んでいる。


「とにかく、この人に連絡してみましょう。大丈夫、犯罪に手を染めるような3流魔術師がかけた呪いです。師匠が紹介してくれる魔術師なら、きっと解決してくれますよ」

「……そうだにゃ。お前の言う通りだにゃ」


 私が励ますように声をかけると、ようやくオルベルトの表情も幾分か明るくなった。

 良かった。一時はどうなることかと思ったけれど、案外簡単にことが運びそうな気がしてきた。

 

 さっさと師匠の知り合いに連絡をとって、この忌まわしいにゃんを取り除いてもらおう。これ以上オルベルトのにゃんを聞いていたら、自分まで語尾ににゃんがついてしまいそうだにゃん。


 私は師匠が綴った連絡先に目を通す。

 そこには、異国の名前が書かれていた。



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