9.カモられただけかもしれない
「リオお姉ちゃんってばホントビビリだよねー。あいさつしたぐらいで気絶することないじゃん」
「それは君が生首だったせいだと思うよ……」
真尋は気を失ったままのリオをのぞき込みながら顔をしかめた。
木陰のベンチに寝かせた彼女は顔面蒼白になっていたが、頭などは打っていないのでしばらくすれば目を覚ますだろう。
振り返ると少女とミイラと骸骨がいる。
さきほどの館の前からここまでついてきた。
聞けばその館で働く従業員だそうだ。
「あたしがゴーストのサリー。こっちがミイラのアルマ。スケルトンのミア。人呼んでホラーハウスのアンデッドシスターズ! すっごい怖いよ。おしっこちびるよ」
「ヴァアア……!」
「ケタケタケタケタ」
三人でポーズなどを取っている。
「あ、ちなみにこっちの二人はしゃべれないから、分かんなかったらあたしに聞いてね」
真尋としては、はあ、としか言えないが。
「なんでいきなりリオをおどかしたの?」
「さあ? ノリ?」
「ノリだけで気絶させにかかるんだ……」
「だってあんなに素直に驚いてくれるお客って最近珍しいんだものー」
「お客じゃないでしょ」
「はっはっはー」
ひとしきり笑ってからサリーは改めてこちらを見上げた。
「ところでお兄ちゃんは誰なの? お客じゃなかったらしいね?」
「あ、えっと、工藤真尋です。野外ステージのイベント係に配属されました」
「え、そうなの? リオお姉ちゃんに彼氏できたのかと思った」
「ち、違うよ!」
「ケタケタケタ……」
「だい姉ちゃん、そんなこと聞いちゃだめだよオヤジだよ」
「……ミアさんはなんて?」
「知らない方がいいかもー」
「分かった聞かない」
どっと疲れを感じて真尋はため息をついた。
「じゃあもう大丈夫ですから。仕事に戻ってください」
「そんなつれないなー。もっとお話ししようよ」
「いやえっと、本当大丈夫だから」
「むー。いいじゃんどうせ野外ステージなんて閑古鳥部門なんだから。暇でしょ?」
「暇じゃないです」
「嘘つくなー。どうせメイルが幅きかせてるんだから暇に決まってるー。あいつわがままで目立ちたがりだもん」
「わがままで目立ちたがり?」
真尋が聞き返すとサリーはうんとうなずいた。
「そうだよ。家がいいとこだからさ、親の財力に物言わせてステージを独占してんの。支配人も金には弱いから、ココさんに無茶言って主役に引きたてさせて。おかげで野外ステージはこの園のお荷物エリアになっちゃってるってワケ」
初耳だった。いや、昨日来たばかりで初耳も何もないが。
真尋は思わず身を乗り出して訊ねた。
「それじゃあ、メイルさんに独占をやめてもらえば人気が出るってこと?」
「ん? 何か企んでるの?」
「あ、いや、別にそんなんじゃ……」
「いーていーて。隠すことはないーて。ステージを盛り上げたいんだよね。わかるわかる。確かにその通り、メイルの出しゃばりをストップさせれば勝ちの目はある。だけどどうかなー、結構難しいと思うよ?」
「どうして?」
「金の力は強いから」
サリーはあっさりとそう言った。
「代わりのイベントがよほど儲かんないと支配人は怒るだろうね。余計なことすんなって。客がちょっと来たくらいじゃきっと納得しないよー。差し引きゼロならまだしもマイナスになったら殺されるかな。ホントに」
「うーん、そっか……」
真尋は顔をしかめた。
代わりのイベント。支配人を黙らせられるだけの稼ぎを出せる出し物。
何かあるだろうか。全く思いつかないが。
「あたし踊ろうか?」
「…………」
真顔で手を上げるサリーを無視して真尋は頭を抱えた。
「ないな……いい案」
「じゃあちい姉ちゃんの縄跳びとか」
「派手なやつがいいんだろうけど……」
「だい姉ちゃんはパントマイム得意だよ」
「……気持ちはうれしいけど君たちは君たちの持ち場があるんじゃない?」
見えない壁に手を突く例のアレを始めるミアを見ながら真尋はため息をつく。
サリーたちはちぇーと不満げだったが、それ以上粘ってはこなかった。
結局自分たちで何とかするしかなさそうだ。
道の時計の方を見ると、もうそろそろ次の公演の時刻が迫っていた。
真尋はリオの肩を軽く揺すった。
「リオ、起きて」
「あ、そうだ」
その時ふと思い出したようにサリーが声を上げた。
振り返ると、彼女はふよふよと宙に浮かび上がりながら頬に手を当てていた。
「そういえばさ、リオお姉ちゃん歌うまいよ」
「歌?」
聞き返すと、サリーはにんまりと笑う。
「うん。めっちゃうまい。信じるか信じないかはお兄ちゃん次第だけど」
「ううん……」
ちょうどリオが目を覚ました。
頭を押さえて体を起こす。
「マヒロさん……?」とふらふらと頼りない目で周りを見回したところで――
「ばあ!」
「ひゃああ!?」
突如押し寄せてきたアンデッドシスターズにおどかされて再び目を回しかけた。
「ま、マヒロさぁん……」
「なにやってんの……」
「さあ? ノリ?」
答えるサリーはあくまで気楽な感じだが。
真尋は手を貸してリオを助け出すと、人通りのある方へと引っ張った。
「じゃあねー!」
後ろで手を振っているシスターズを尻目に野外ステージのエリアへと急ぐ。
「何を話してたんですか?」
「ヒント……なのかなあ」
つぶやく真尋にリオは首を傾げた。
コンサート、昼の部。三回目の公演。
客席には誰もいなかった。
多分本番中もがらんとしたままだろう。
代わりにココが仁王立ちの格好で待っているのが見えた。
二人で怒声に迎えられながら、急いで準備に入った。