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異世界遊園地で働くことになりました  作者: 左内
第二章 不人気ステージを盛り上げろ!
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7.不人気なわけだ

 日がだいぶ傾いて一日の終わりも近いかという空気のにおいだった。

 遠く、火山の前を横切ってスカイスネークのネロネロ(だったか?)が降りていく。リオに聞いたところ次が今日最後の離陸らしい。園内を行くお客もそろそろ遊び疲れた顔で、まだ残るか帰るかを考え始めているように見えた。

 通りに建つ小さな時計台を指さして、


「あの時計で六時に営業終了です」


 とリオが言った。あと二時間ほどある。コンサートの時間までは二十分だそうだ。


 リオに連れられてステージから一番離れた端にある客席についた。真尋たちの他には誰もいない。

 広くたっぷりとスペースを取ったエリアだった。通りに面していて気軽に客席に入ってこられるようになっている。ステージの上もかなり広い。昔テレビで二階建ての建物のセットを丸々舞台に置いている演劇を見かけたが、それと同じくらいの空間的余裕がありそうだった。


 アナウンスの声が響いた。


「コンサートのお知らせです。これより東南エリアの野外ステージにて当園が世界に誇る歌姫、メイルによるコンサートを行います。天より与えられし至高の歌声と心躍る律動の祭典。素敵な時間をお過ごしになりたい方は東南エリア、野外ステージへどうぞ」


 真尋は通りを振り返った。しばらく待つが他の客が入ってくる様子はない。

 時計を見上げる。開演まで残り十分。


「言いたいことは分かります……」


 しゅん、と肩を落としてリオが言う。


「びっくりしますよね……」


 五分前になってようやく獣人らしき二人連れが中ほどの席に着いた。きょろきょろと不思議そうに見回している。開演時間が近いのにガラガラで戸惑っているのだろう。


「いくら不人気でもこれはさすがにおかしくない?」

「ある意味でかなり有名なので……悪い噂ほど広がるものです」

「そんなに悪名高いの……?」


 こうなってくると逆にどんなものなのか興味が出てくる。

 そこでちょうど時計台の針が開演時間を指した。

 からんからん、と開始の合図だろうか、鐘の音がどこか空虚に響き渡った。


 ステージ袖からスタッフたちが列になって姿を現した。手には楽器やスツールを抱えていて、全員で手早くそれらを配置すると、演奏者らしき者たちだけを残してはけていく。


 最後に巨体の人影が袖から出てきた。先ほど会ったメイルとかいう人だ。

 原始人のような毛皮を着ていたのが、今はサテンのような質感の豪華なドレスを身にまとっている。パツンパツンに腹周りが張って苦しそうに見えるが、メイル自身は特に気にしてないようだ。


 ステージの中心までゆっくりと歩いて来ると、彼女はこちらに向き直って止まった。

 相変わらずぼーっとした顔で、礼をするわけでもなく立ち尽くしている。

 代わりにステージ脇のスピーカーが、ココの声であいさつをした。


「本日はようこそ野外ステージへおいでくださいました。それでは稀代の歌姫、メイルの美声をお楽しみ下さい」


 スピーカーの残響が消えて、数拍分の沈黙。

 演奏者たちが構え、集中する一瞬。


 ドン。

 落ち着いた太鼓の音が響いた。

 ド、ドン。

 呼応するように別の太鼓も音を立てた。


 ドン、ドドン。ドン、ドドン。ドン、ドドン……

 二つの太鼓が呼び合うように少しずつ音を高めていく。

 急に高い打音がそこに混じった。ポポポン、ポポポンと軽快に弾んで暮れかけた空に抜けていく。


 ドンドンドンドン、ポポポンポポポン、タムタムタムタム、スッポンスッポン――


 いつの間にか場がリズム一色になっていた。

 なんだか狩猟民族の篝火の周りにいるような気分だ。


「なぜ打楽器オンリー……」

「メイルさんの趣味です。好き嫌い激しい人なので」


 そういう問題なのか。

 とりあえず真尋が持っているコンサートというイメージとはだいぶかけ離れたものがそこにあった。


「メイルさんは歌わないの?」


 でっぷり歌姫は相変わらずステージ上でぼんやりしている。

 リオは時計を振り返った。


「もうそろそろだとは思うんですけど。メイルさん気分屋なので」

「いいのそれ?」

「スタッフも苦労してます。でも実力は本物ですから……多分」

「多分じゃダメじゃない……?」

「あ、エンジンかかったみたいです! 始まりますよ!」


 リオの指さす先で、メイルの目に光が宿った。

 重そうな腕をゆっくりと掲げ、天に広げる。


「オ……ア……」


 口が大きく開いて――


「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

「ひえっ」


 張りのある大音声が辺りに響き渡った。


「アアアアアッ! アッ! アアアアアアアアアアッ!」


 獣の、まるで獅子のような咆哮。鼓膜を叩き腹に響く。真尋はその迫力に席から転げ落ちかけた。


「な、な……っ」

「すごいでしょ。これがメイルさんの歌です」


 ……歌?

 不可解な言葉に真尋はリオを見た。

 思いを察してか彼女は困った顔をした。


「本人が言うんですから仕方ありませんよ。歌です。でも、力はあると思いません?」


 確かに威力はあった。暴力の塊のごとき歌だった。度肝を抜いて全てを吹っ飛ばすだけの破壊力がある。

 隣にいるリオの声すら聞き取りづらくてしかたがない。


「あえて言うなら前衛……なのかなあ」

「さあ……どうでしょう」


 ステージで絶叫し続けるオークの歌姫。

 確かにリズムと不思議に調和してはいる。

 ヘヴィメタルのシャウトやデスボイスのようで聞けないことはない。

 むしろそういう目で見れば多分上手い。


 だが、それのみの一点突破で客を集めようというのは少し……間違っているんじゃないだろうか。

 先ほどの二人連れの客がそそくさと席から逃げていくのが見えた。


「これを毎日だいたい五回ほど行います」

「これを? 五回も? 毎日?」

「はい」

「地獄……」

「あ、それメイルさんに言っちゃだめですよ?」


 リオは急に真面目な顔になって言った。


「あの人、意外に傷つきやすいですから」


 真尋はどう答えていいものか分からず口をつぐんだ。

 ステージの上では相変わらずメイルの声が響き続けていた。

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