5.そのステージは不人気部門だそうで
「工藤真尋です……今日からよろしくお願いします……」
「…………」
深く礼をした真尋を出迎えたのは、まずは友好的とは言えない長い沈黙だった。
「ええと、その……」
頭を下げたまま言葉を探す。
「……頑張ります」
「…………」
やっぱり誰も何も言ってはくれなかったけれど。
とりあえずおそるおそる顔を上げると、勢ぞろいした無表情がそれを迎えた。
場所は野外ステージの裏手だった。
リオに連れられて逃げているときに一度通った場所だ。
二十人ほどがそこに集まって、一様に胡散臭いものを見る目をこちらに向けてくる。
真尋は身が縮こまるような思いでしおしおと視線を下ろした。
(なんでこんなことに……)
話は三十分ほど前にさかのぼる。
「で、こいつどこに回す?」
捕まえた小鳥を右手に、鬼の支配人が真尋を見下ろした。
「働かせるとは言ったものの、どこも人は足りてるんだよな」
肩の大きな鳥――大佐は首を傾げながらそれに答えた。
「エリザベスの火山はいかがですか? 年中人手不足です」
「あいつのお眼鏡にこのガキがかなうと思うか? 即消炭にされると俺は思うがね」
「それは確かに」
「あんまり危険な目にあわせたくはない。だがとにかくヤワなのが人間だしな。選択肢も限られる」
顎に手を当てて、鬼。
「さあて、どうしたものか……」
「僕のお世話係!」
叫んだのは小鳥の二等兵だった。
右手に締め上げられながらも元気に声を上げる。
「お世話係! オススメ、オススメ!」
「野外ステージなどいかがでしょう」
「ううむ、あの不人気イベント会場か……」
「あれー?」
綺麗に無視されて小鳥が首を傾げる。
「お世話係ー……」
「あそこなら人はいくらいても困りませんし、なにより安全です。もし結果が出れば儲けもの」
「それはないだろ。だがいい目安にはなるな」
目安?
何のことか分からず見上げた真尋に鬼はにやりと笑った。
「よし、決めたぞ。お前を一週間限定で野外ステージスタッフに任命する!」
「い、一週間……ですか?」
「そうだ」
鬼はさらに笑みを大きくする。
「一週間お前を試す。そしてその後、特に結果を出せていないようなら、今度こそお前を引き裂いて動力源を引きずり出す」
「え……」
絶句する真尋を見てさらに気分を良くしたらしい。鬼は口元に手を当てて低く笑い声を漏らした。
「もちろんそれまでに確実な分離方法が分かればもっと早く解放してやるさ。あの世へな」
「そんな……」
「さあ、行った行った。俺は忙しいんだ。それじゃあがいてみせろよ!」
「お世話係……」
「お前はもう黙れ!」
……というわけだ。
(本当、なんでこんなことに……)
所在なく立ち尽くす。と。
「質問なんだけど」
視線を上げると、集まっていた者たちの一人、宙に浮かぶ小さな人――妖精が小さく手を上げていた。
「あんた人間だよね? なんでこんなとこにいんの」
「なんで……なんで?」
視線をしばらく空にさまよわせてから真尋は途方に暮れた。
「なんででしょう……」
「…………ああ」
そう答えるよりほかはなかったけれど、妖精は何かを察したようだった。それ以上は聞かずにこちらに背を向けた。
「余計な時間食った。さっさと準備に戻るよ」
ぞろぞろと舞台設備へと引き上げていく集団の背中に、真尋は慌てて声をかけた。
「あ、ぼ、僕はどうすれば……」
「リオ! あんたが指導しな!」
「あ、は、はい!」
聞き覚えのある声がした。
はけていくスタッフの流れに逆らってリオが姿を現す。
「あ――」
「しっ!」
唇に人差し指を当てる彼女に、真尋は慌てて自分の口を押さえた。
どうやら他の人が引き上げ切ったということが確認できるまで待って。
「マヒロさん」
リオはぱたぱたと近寄ってきた。
「リオ」
「無事でよかったです……人間が捕まったって聞いていたので心配してました」
ホッとため息をついて、それから気の毒そうに眉を寄せる。
「逃げ切れなかったんですね」
「うん……ごめん。せっかく助けてくれたのに……」
ふるふるふると首を振ってからリオは真剣な顔つきになった。
「何があったんですか。話してください」
説明は得意な方ではなかった。口下手だ。あったことを簡単に羅列していくだけでも苦労した。
幽霊たちに脱出を邪魔されたこと。
動力源が体内にあること。
鬼に呪われたこと。
ステージスタッフとして一週間でめぼしい成果が挙げられなければ殺されてしまうこと。
たったそれだけを説明するのに長くかかった。それでもリオは何も言わずに最後まで聞いていてくれた。
「大変でしたね……」
まるで自分のことのようにしょんぼりするリオに、真尋の方が慌てた。
「いや! そんな、大変ってほどじゃ……あったけど」
「これからどうします……?」
どんよりと暗い表情同士でしばし悩む。
「いや……どうするもこうするも、働くしかないと思う」
「そうですか……分かりました。そういうことならボクが全力でサポートします」
真尋は少し面食らった。
不思議に思って訊ねる。
初めて会った時から気になってはいたことだ。
「君はどうしてそんなによくしてくれるの?」
「マヒロさんはなんだか他人の気がしないので」
その時だけリオは小さく笑った。
「頑張りましょうね、マヒロさん」