42.リオとジョン
三日間は思ったよりもゆったりと過ぎていった。
みんなで覚悟を決めたからかもしれない。
敵を迎え撃つ準備というよりはまさしく大イベントの手配にてんてこ舞いしているといった雰囲気だった。
真尋は特設ステージでの作業の合間を縫ってリオのいる救護室に顔を出した。
リオはあれから一度も目を覚まさないが、それでも聞こえていると信じて語りかけた。
「リオ。明日お客様が来園するよ」
彼女の顔は青白いが、それ以外は全く健康に見える。
呪いに蝕まれているとはとても信じられない。
「できればリオと一緒にお出迎えしたかったな。ここに来てからはいつも君と一緒だったから、最後も一緒に仕事できればと思ったんだけど」
ふと自分が最後と言ったことを自覚する。
やはり明日が自分の命日になることを予感しているということか。
だがその割には焦りも恐れもない。
ただ、最後であることだけがはっきりと分かっている。
「でも無理そうだし仕方ないね。元はと言えば僕のせいだ。僕一人でやることにするよ。君が目を覚ますときにはもう全部が終わってる。そう約束する」
それから迷い、付け加える。
「僕も、リオのことが好きだよ」
その言葉はどこか頼りなく響いた。
相手に届かない言葉と知っていたからかもしれない。
だがリオが起きていれば言えなかったであろうことも確かだ。
そのことをかみしめ、椅子から立ち上がる。
と。
「来ておったかね」
救護室の戸が開き、ロッズが入ってきた。
「毎日ご苦労なことだ。彼女も喜んでいることだろうよ」
「どうでしょう。僕のせいでこうなった」
「お前にこうなってほしくなかったからだろうな」
「……」
言い返せず、やるせなさだけが胸に渦まく。
ロッズはそれを知ってか知らずか小さく笑った。
「それにしてもいい手であったな。客が来ないなら敵を客とすればいい。問題は上手くエネルギーを取り出すことができるかどうかであるが」
「どうせ初めから負けているようなものです。試す価値はある」
このことを伏せてみんなを手伝わせているのは胸が痛む。
だからだろうか。関係のないことが口をついた。
「あなたですか?」
「む?」
「僕の家族を……ジョンを助けてくれたのはロッズさんでしょうか」
「ふむ」
リオの方を振り返る。
そこにはジョンの面影はないが。
よくよく見て思い返せば、確かに懐かしい気配があった。
「前々から思ってたんです。リオは何だか犬っぽいなって。臆病なのにいつも素直で一生懸命で人懐っこくって。ジョンはなんでこの世界に来て、リオになったんですか?」
「よく気づいたな」
決定打はリオが病床で発したうわごと、「散歩」と「いつもの道」だ。
それで好きだったご主人様の話ともつながった。
だがそれがなくとももっと早く気づくべきだった。
ジョンは雌の犬だった。
だが真尋がその時一番カッコいいと思っていた名前を雌とは知らずにつけた。
以来ずっとジョンは真尋の家族だ。
家族だったのに。
「わしは不死者の王として研究するうちにこの宇宙が唯一のものではないことに気づいた。それこそいくつもの世界が重なり合って、時には交差し合うことも知った」
ロッズは真尋の横を抜けリオの額に手をかざす。
まばゆい光が放射され、ジョンの顔がそこに重なって見えた。
「そんな中、こやつが現れおった」
「ジョン……」
「こいつは傷だらけでこの遊園地に現れた。運よくわしがそれを見つけた。そしてもう死にかけの魂をすくいあげて別の体を与えた。名前も聞けなかったからわしが新しくつけた」
そうだったのか。
真尋は胸をつかれるような思いでそれを聞いた。
そんな大変な時に、僕は君のそばにいることができなかった。
「……でももう大丈夫だ」
僕が君の遊園地を守る。
君の呪いを解いて見せる。
今度こそ彼女に背を向けて真尋は歩き出した。
「さようならリオ」